ein rotes Kleid,
Sie ist Prinzessin.


悪夢のような
いや、姫様からすれば、なんてことはない
全て台本通りの晩餐が終わった
それぞれは、青ざめた顔
ハンプの亡骸は、他へと移され、翌日の式典に追加され
追悼をされるだろう

凍てついた空気はそのまま
倒れたハンプを囲み、滞っている
やがて姫様が、膝の上から亡骸を降ろした
一瞥をくれて立ち去ろうと歩みを進めた

「・・・・・・・・」

言葉もなく、褐色の妹姫がその後を追う
軍師は考える、亡骸へ、執着をするわけにはいかぬ身は、心持ちははたして
褐色の娘の哀れを想い、無論ハンプの死という絶対的な闇があるのは承知だが
その上に降り積もるように、彼女の憐憫も憂えた
それにしても、初めて肌に触れて、その鋭利さを味わい
紅の姫君への畏れを確かな形で抱いた
ただそれすらも、おそらくは

遅い

スピード、それが彼の課題だ、そう自分に言い聞かせた
幸いこの場において、殺されなかったことを幸運と信じた
いや、信じるにつけ、そして
出会う前まで、まるで否定していた、その
姫様の人格、作法、政治、全てに尊敬を抱いているのも感じた
あってはならない、それでは若騎士を、死んだハンプを裏切ることになる
そう思ったが、彼の聡明な頭脳は、間違いなく
支配者のあるべき手本を、かの姫君に得ようとしていた

「軍師殿」

「!・・・・は、なんでありましょうか」

「惜しい人を亡くしました・・・」

唐突に声をかけられた、捕まえられた、驚いた
目の前の美しい女性は、憐憫をその
目尻から零している

「はい・・・・優秀な、そして、勇敢な騎士でした・・・」

「そう、あなたが救ったのですから、その想いはひとしおでしょうね」

言うと、レースの指先が
そっと頬のあたりを撫でてきた、驚きのあまり
目を見張り、不遜ながらも姫様と視線を交錯させた
蒼い瞳が、れいれいとたなびいている
水晶と、蒼い海の、いや、翠(みどり)ともとれるほどの
色彩が透明感をまとい、全てを見入る
その魅力に吸い寄せられて、思わず視線を止めてしまった

「どうしました?」

「い、いえ・・・・宝石のような輝きだと・・・・」

何を言っているんだ俺わ・・・・
言ってから、その言葉に後悔を残すが零れた言葉はもう掬うことができない
その答えをどう思ったのか、ひらり、一度だけその輝く瞳は震えて
まま、視線が外れた

「軍師殿は、女性の扱いも手慣れておいでの様子」

「いや、そういうことでは」

「いえ、戯れですよ、お気になさらぬよう・・・・・では、・・・けんっけんっ」

「大丈夫ですか、姫様」

「少し冷えるようですね、部屋へと戻ります」

姫様は言い残して広間を出た、咳き込んだ仕草に若い娘の表情が垣間見えた
後をおずおずと褐色の妹君が続いていく
ハンプの亡骸はさらしたまま、アルが片づける様子だ
諸侯は黙りこくって、その亡骸を見送る
その目は、どんよりと暗く雲っているように見えた

「そう、可愛い妹よ、アルに、始末が終わったら私の部屋へと来るよう伝えよ」

「は、はい」

「お前は、今夜、その仕事が終われば休んでよい、かまわぬ」

うやうやしく礼をして、褐色の娘は姉の側を離れていった
薄暗い廊下は月明かりが外より射し込み
蒼く、そして冷たい陰影を床に描いている
スズランが咲く時節だ、春に違いない、だけども
水よりも澄みわたり、ダイヤモンドの硬質感をたたえた空気が
闇ではない夜、冷える、そんなイメージが離れないでいる

「今夜は、久しぶりに冷えるな」

「はい」

部屋には、呼び出されたアル
そして紅の姫君、ふたりぎり

「・・・・・貴様も気付いていたのであろう」

ハンプの様子のことを訊ねている、アルはそう解釈する
事実、漏れる殺気を感じられないほど騎士隊長は愚鈍でない
認めたくなかったが、間違いなく、ハンプは姫様に向けて殺意を抱いていた
アルは戸惑い、それを未然に防ぐため
ありったけの剣気を浴びせて、こと自体は防いでいた

「お前は、本当に愚か者だが、私のためにはよく働く」

「・・・・・」

「お前に渡した解毒粉が、ハンプによってすり替えられていたこと、知っていたか?」

「!」

「私の危機は察しても己には執着が・・・・・ないとは言わぬが、間が抜けている」

アルは、そう言われて萎縮する
しかし同時に不審を覚える、もし、ハンプがすり替えなかったら
その毒をあおったのは自分ではないのか

「バカなことを考えているな」

「い、いえ・・・」

「顔に出ておる、安心しろ、あの粉はフェイクだ、料理に毒があったのはあの一皿のみなのだ」

「それは」

「すり替えを見た以上、食事を止める道理もあるまい」

姫様は言い終わると、デキャンタの水をグラスに注いだ
昼間は暖かいが、やはり、夜になると気温が少しばかり落ちる
それ故に、身体を冷やすことを心配してしまうが
アルの気持ちなど、覚えるわけもなく、するり、喉を潤している

「貴様は思うまいが、愚か者は王に【自ら】なろうとする」

「・・・・・」

ハンプがそのような事を・・・・
あり得ると思った、騎士王、そんな言葉に憧れを抱く
少年の心が抜けていない若い騎士なら、なおさら
初めてマイグレックヒェンへとやってきたときの、あの様子を考えれば
あり得る話だ、以上はアルが勝手に思ったことだ
姫様が言った意味は、少し違う

「王は、自ら名乗るものではなく、求められ座するものだ」

姫様は冷たい表情で語っている
自嘲の様子はない、こういったことで
己を誇るようなマネはしない、事実として述べる
それを表すように、表情の消えた、人形のような顔は
夜によく馴染んでいる

「その為に、いかに遠くからそれをし向けるか、そして、いかに速く到達するか知恵比べをする、それが真の競争だ」

ソファには大きなクッションが配置されている
そこへ姫様は、身体を沈めた
真綿に包まれる喜び、その温かさと柔らかさに、どっぷりと沈んだ
アルはその所作を見つめている、見つめていて
ふと既視感を覚えた
いつだろうか、この場面に出くわしたことがある、何かをしなくてはならない気がする

「?・・・・・・・・物欲しそうな顔だな、アル」

「い、いえ、そのような」

不思議そうに姫様が、アルに声をかけた
だが、すぐに何かを思い出した風で、にこりと冷ややかに笑い
片足のタイツをするりと脱いだ
素足が月の光に浮かび上がると、それをアルのほうへと投げ出す

「懐かしいことだな・・・・・・・・・」

「ぁ・・・」

アルは、ようやく思い出した
かつて、こうされた時には、足を嘗めて、いいように蹴倒されて
それをじっと堪える、ただ、堪える日々があった
何年前だろうか・・・いや、それよりも、記憶が薄れようと
身体はこの命令系統を覚えていたのは、驚愕に値する

「つくづく、忠臣であるな・・・・・・・寒気がするほどおぞましいが、赦す」

くいくい
足先が宙を泳ぐ
アルの目はそこに奪われながらも、全体を見通している
あの時分とは異なる、成長した姫様の姿を改めて感じる
いつ頃だったか、まだまだ幼かった己と、さらに年端いかぬ娘の姫
狭い部屋ではこんな戯れしか無かった、狭い世界で主従は二人だけで
これがその恩と奉公の全てだった

錯覚だ、だけどそのほうが、見た覚えが美しくなる
これは、年端行かぬ少女が、同じく年端のいかぬ少年にさせている
悪戯なのだ、でなくては、どちらにとってもあまりに
目を背けるしかない嗜好と趣味となる

「さぁ、なめよ」

つい、足先が止まった
吸い込まれる、アルは何も考えず
それに口づける

「そう、貴様は私なくしては生きられない、私に最高のそして最深の敬愛と畏怖を抱かなくてはならない、
私に忠誠を近い、足をなめ、けもののようにはいつくばり、情けない顔でただただ奉仕をするしか能がないのだ」

姫様の声が、とうとうと染み渡ってくる
「生き恥をいつまでも晒す、あわれな男、騎士とも思えぬ、その面でよくも私の足をなめられるものだ」
今でも覚えている台詞、あの頃、毎日のように繰り返されていた、諳んじるほどだった
生物的弱者である自分に容赦なく注がれた、姫様の精神凌辱が
当時の声を、当時の台詞を、当時の痛みを
全て、今、再現している

「恍惚とした表情、おぞましい、汚らしい、恥辱と官能の分別もつかぬ、愚かな者」

伸ばされた足は、ついついと、指の形を変えている
親指が上下に動き、その指の股をアルはくわえこむ
愛でるように、慈しむように、精一杯の奉仕と映るよう
必死に舌を這わせ、口に含み、甘噛みをする

くい、ついつい、ぬぷ

つぅ、足先から透明の橋が伸びる
たうり、その粘質が、途中で果てるように雫と消えた
避けるようにアルの愛撫から逃れた足は
依然彼の前にある、さらに、そこへと顔を伸ばす、そこで

ぐいっ

「ぅぁっ」

「愚か者、誰が、またなめてもよいと赦したか、うつけもの、恥を知れ、貴様如きにそこまで赦してか」

「も、申し訳ありません、申し訳ございません、申し訳っ」

幼子のように怯える騎士、だが、それを後目に
涙目を浮かべる少年に、今度は足蹴を加える
先ほどまでなめられていた、艶めかしい生き物が
足の裏を使い、ぐいぐいと、顔を撫でるように押す
そして、突然に蹴る、うぁ、声を出して少年は転がる

「起きよ、誰が寝てよいと言った、起きて顔を差し出せ、お前のような変態には懲罰が必要だ、さぁ、早く差し出せ豚」

「はい、も、申し訳」

とむっ、そして起きあがり顔を差し出すと
顔全体に足の裏が押しつけられる、ぐいぐいと、ねじるようにねぶるようにして
姫様の足が、汚い男の顔を蹂躙する、ねじる、伸ばす、つねる、叩く
それらを器用に足先を使って、行う
乱暴に、そして粘着のある行為が、ずっと施されている
倒れては起きあがり、蹴倒されはいつくばり、また四つん這いで顔のみ上げる
仕置きは、淡々と続く、単調なリズムで強弱を織り交ぜる

ソファから立ち上がった姫様は
冷酷な笑顔をたたえたまま、床を転がる少年を
本当にゴミやクズなど、物を、それも下等な物を
どこか見えないところへやるように
慈悲などなく、素足で蹴り続けている
壁際へと追い込む、そして、踏む、踏みつける

「申し訳ございません、申し訳ございません、申し訳ございませんっっ」

「黙れ、騒ぐな、五月蠅い、口答えをするな、喋ることなどいつ赦したか、さぁ、言うてみよっ」

「ああ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

ふみ、
ふるふると少年はふるえ続ける
そこへ足が置かれた、ゆっくりと体重がかかってくる
横面に足の裏が圧し当てられる、黙る
ぎゅ、一度強く踏まれ、そして足はのけられた

「・・・・・・」

「・・・・・・」

黙っている、仰ぎ見ることはできない
ただ、声が、次の命令が下りてくるのを待たなくてはならない
従者は、主人に対して、献身する必要がある、義務がある

「もう一度赦す、今一度嘗めよ、畏れ多くも姫位の御足である、丁重にいたせ」

戸惑う、それから、従う
アルは怯えながら、今一度地についた足に
そっと舌を這わせた
蔑んだ冷たい視線が下りてきている
体中を凍り付くような悪寒が走る、だが、反するように
身体の内からねぶるような熱気がのぼる

「どうした、アル、息づかいが荒いぞ?」

へろぺろ

「どうした、騎士よ、よもや年端の行かぬ娘の足を嘗めて、いたしておるまいな?」

ぺろぺろ、ろ

「どうした、薄汚く、このようなことでしか生きること、自らの価値を見いだせぬ者よ」

姫様の罵りが下りてくる
それを受けて、なぜか、いや、前々からそうであったのだろう
ただ恐怖がそれを押さえつけていた
だが今日は、今夜は、おそらく、ヴェステンで過ごしていたあの日
あの日に踏み越えてしまったのだ、煽られるそれを必死に否定しようと
アルはただ、ひれ伏したまま、足を嘗め続ける、しかし
抗うほどに、にじみ出てくる、汚く、醜い姿

「へんたい」

「・・・・」

「お前は、稀代の変態だ、おそろしい、おぞましい、生きるに値しない、罵られ軽蔑されなお、そのように」

「お、おゆるしを」

「喋るな外道っ、まだ足らぬか、まだ逆らうか、お前の生き死に、全ての所作、私の許しなくしてあると思うてかっ」

「・・・・〜〜!!」

凛、叱りつけられる恐怖が
全身に奔った、反射的に身がすくむ
小さく、縮こまって、じっと、怒りに対して降伏の意志を晒す
人間としてもっとも浅ましく、限りなく屈辱的な、愚かで尊厳と誇りを放棄した行為
何もかもを棄て、ただ、恩赦のみを願う、哀れで軽蔑される姿をさらす

「・・・・・アルよ」

急に声が変わった
驚くアル、だが、畏怖は拭えない
平服のまま、声を待つ

「貴様にひとつの褒美を授ける、私に触ることを赦す」

それは・・・
アルは全身に汗を覚えた
どうしたらいいのか、わからない、だが赦すと言われたらそれは命令だ
何かをしなくてはならない、何かは触ること
どこを?どうしたら、文脈の前後から推測?
ばかな!

「どうした、触れてみよと言うのだ、よもや、命令を二度・・・」

「いえ、失礼いたします」

言うしかなかった
二度の命令を行わせる、徒労を味わわせるわけにはいかない
アルはおそるおそる、繊細なものを、はれものや、壊れ物のような
何か触るのをためらう何かに触れる、どこか

ふる、

怯えるようにしたのは姫様のほうだった
アルの掌がそっと、姫様の額を撫でた
姫様も驚きだったらしい、よもや、と思ったのだろう
この時、時代に二人の面影が追いついた気がする
いや、二人ではない、姫様のそしてアルの言葉で言うところの
主人と従僕

「・・・・・ひ、姫様」

「さわぐな・・・・・・・アツイであろう」

手を離せない
アルはそのまま固まる、ただ驚きと不安の表情がいっぱいにある
姫様は、いつもの表情、狡猾で悪いことを考えている笑顔だ
だが、アルの手には尋常ではない体温が感じられている
無論、欲情などではない、汚いものを罵ることで熱くなったわけじゃない

「・・・・・・相変わらずだな、貴様は」

ぷい、
きびすを返して姫様はまた、ソファへと帰った
なめられた足を拭うわけではなく、そのまま、また
タイツを履く、この仕草が女の子だ
アルは惚けたまま、そこにいる
そして、唐突に気付いた

随分前のようで、わずか、おそらくは3年ほどではなかったか

かつて、と数えた年月があまりに近い
同時に、わずかな時間でどれほど変遷を迎えたか
己も国も時代も、なにより、この姫様が
どうしてこのように、そして、いつから、こんな戯れを辞めたのか
考えるまでもない、革命だ、あの時
何もかもが変わったのだ、あれからどれほどの速さで駆け抜けてきたというのか
いや、あれだけスピードを愛した理由、駆け抜けざるを得なかったのだ
アルは佇まいを糺し、直立したあと
恭しく膝をつく

令を請う姿勢

「アル、貴様に今から喋ることを禁ずる」

「・・・・・」

「急いだが、間に合わぬようだ」

「・・・・・」

「触れた通り、私は熱病に冒されている、当然であろう、あの時、あれだけのものから凌辱を受けたのだ」

月が雲の隠れた
姫様の白い顔が今は、薄暗く青みを帯びている

「これは治らぬ、そういう病をどこからともなく植え付けられたのだ、醜き低俗なものは恐ろしい」

「・・・・・」

「あの日より、身体がうずくことは無かった、まぁ、そんなことはよかろう、ともかくだ、時間が足りぬ」

「・・・・・」

「明日、王位帰還の式典があるが、これは・・・・・・けんけんっ」

ふいに咳き込んだ
慌ててアルが近寄ろうとするが
命令という戒めが、それを拒んだ

「・・・・・仕上げよう、もう少し緩やかに行う予定だったが仕方ない、性急に執り行う」

「・・・・・・・・」

「アル騎士へ命ずる」

「・・・・・・・・」

「明日、何が起きようとも、宮殿を出るときは、私から離れることを赦さぬ」

「・・・・・・・・」

「よいな、わかったら今宵はさがれ、いささか疲れた」

アルは一礼をする
そして頭をあげず、主人の顔を見ることなく
そっと扉を出た、けんけん、また、姫様の声が聞こえた
心が透明になっていくのがわかる
姫様を失うことが、自分の最期である
何があろうと、忠義を尽くし、寄り添うのだ

ちらり、キルシェの顔がよぎった
だが、それを振り払うよう
夜露を、剣で一度叩ききった、飛び散る雫が闇に溶けた
いつだってこうしてきた
長い夜が、明けようとしている、実際はまだ月が明るい夜
だけども終わる、そんな心持ちがアルの瞳を潤ませている

翌日は、晴天だった

式典は宮中で行われる
諸侯それぞれが、広間に集合し列を為す
紅の軍師も当然列にあるが、諸侯から見て最後尾だ
ハンプが死んだことで彼の場所はそうなっている
列の間には赤絨毯が玉座へと伸びている
そして玉座の傍らにそれまで国を守り続けた、褐色の妹姫が待つ
ほどなくして、姫様が到着した
広間の入り口に、毅然と立った、すぐ後ろに白騎士を連れている

ザッ
音がすると、見守っている諸侯、そして近衛の騎士が一斉に
剣をかざしてアーチを作る
そこをゆっくりと一歩ずつ、姫様が歩いていく

純白のドレスを召して、まさに、Prinzessinという姿
冠を戴き、ガーネットとルビーの宝飾が胸元を飾っている

荘厳とした雰囲気の中
パイプオルガンの音が、硬質化した空気を更に高みへといざなっている
姫様の歩みは流れるように、玉座に続く階段へと足をかける
踏みしめて上っていく、白騎士アルはこの階段の下にて待つこととなる
この一段一段が、天上への道だ、位が無ければ触れることすら叶わぬ聖域
アルはただ、その場で膝をついて待つ

ザッ
かざされていた剣が一旦解かれる
全員が自らの前で刃を平にして構える
姫様が玉座の前に辿り着いた
妹姫が、うやうやしく頭を下げる
ゆっくりと、気付けばオルガンの音は無くなっている、湿気が多いような
粘質の空気が、世界を支配している

褐色の姫が、沈黙を破る
羊皮紙にナイフを当てるように、音を立てず柔らかく
刃先が布を左右に切り開くイメージ

「姫様、まことに申し訳ございませんが、玉座にお座りいただけませぬ」

「馬脚を顕わしたか、妹よ」

アルは起きている事象が理解できない
だが、この会話をかわぎりに、アーチを作った諸侯がそれぞれ
剣を連ねて玉座のまわり、階段下で囲みを作った

刃は、姫様の方向と
アルに向けられている
跪いた騎士は、無論、立ち上がることはできない
狼狽したことで出遅れた、既に虜だ
銀色に光る幾つもの刃が、死を近しくイメージさせる

「馬脚?」

「お前はよく成長した、私の妹としてふさわしく・・・・だが、まだ浅かったな」

「何を、おっしゃられているか」

「ヴェステンに入れ知恵をして大戦で引き分けを演じ、私を残党討伐に出したまでは好かった
あれはやられた、裏に誰か、高名な智恵者がいるものだと私もすっかり騙された
更にその伏線をまとって、紅の軍師を連れて城へと戻ったのも好かった
一時はあれが、私と並ぶ頭脳だとすっかり騙された、私の疑惑はお前には向けられなかった」

「・・・・・姉姫様」

「しかし、予定外の熱病に倒れた私を見失い、焦ったのがミスだ
そこでお前は計画を早めてしまった、だから私に計画を知られてしまった、そう感じたであろう
気付かれてからの追いかけられる恐怖を味わえたか?
片腕であったろう騎士を、たぶらかしたまではよかったが死にいたらしめた余韻はどうだ」

「姉様、・・・・・おっしゃることはわかりますが、現状、私はあなたのスピードを追い抜いて差し上げた」

「追い抜いた?まだまだ届かぬことに気付いておらぬか」

にやり、いつもの官能的な笑みがこぼれる
褐色の娘も、負けぬ表情を作っている
何時の間に、この娘はこんなにもバケモノになったのだ
アルは冷や汗を、ずるりずるりと首もとへと流している
妹と呼ばれた女は、既に娼婦でありながら、姫位と力を備えつつあったのだ
女は怖い、このような輩があまりに多い

「昨夜、お前にこの準備をする時間を与えたこと、
ハンプをお前の望み通り殺してやりお前に同情を集めさせたこと、
今日、美しく私を陥れることができれば、甘んじて受けるつもりであったが
このような、野蛮で、雅を欠いた手法を取って、追い抜いたとは、醜聞甚だしいことだ」

蔑みの笑みが零れる
褐色の娘には、動揺が少しだけ見られる
多分それは、かつての調教にて植え付けられた恐怖だろう
振り払うように、妹は吼える

「だからなんだとっ!既にここまで包囲を整え、完全に生死の選択を握られっ、何をっ」

「甘く匂う身体を、その程度のことにしか活用できぬお前の天井だ」

「あら、そうせよと、造り上げたものを壊すのが最も美しいと、教えたのは貴女ですよ、姉姫様」

「完璧に造り上げた、その労力と満足を粉みじんにするのが、最高の悦楽、確かにそう教えた」

「だから今、目の前で、貴女が作ったこの国は既に、ほら、微塵だ、カケラも残らぬ、壊して差し上げた」

褐色の娘が大手を振る
固唾を呑んで、衆目が見守る

「つけあがるなよ、奪うだけでそれが成ると思ったのがお前の天井だ、今まで私の何を見てきた
妹よ、お前は考え違えをしている、奪うのではない、知らず内手に入れるようにし向ける
そうせよと、私はそうしてきた、力尽くで奪う野蛮と低俗さを
とうとうと、毎晩毎夜と、お前の身体に刻んできたはずだが、どうだ?
淫売の娘よ、娼婦の姫よ」

「な・・・・にを・・・」

「いやらしく、身体をくねらせお前は私に奉仕を繰り返したであろう
だが、それらを私が望んだか?貴様に一度とて、そうしてくださいと頼んだか?
お前がそうしたいと言うから、赦したのではなかったか?わからぬか、思い出せぬか?
あれだけの痴態を魅せ、狂ったように淫乱を望んだ己の姿をよもや忘れたか」

「・・・・・〜〜っ!!!」

「お前は、私に譲らせて欲しい、受け継いでくださいと言わしめることが肝要であったのだ
愚かにも、そうせぬことで、見るがいい、下に居並ぶバカ共を、どれもこれも不安と影を顔に刻み
畏れとおびえに、自らの生き死にを流れに任せるままではないか!貴様の作った流れが乱れれば
このように何もならぬではないか、お前が鈍れば力が逃げる、そうせぬ為に己の手は汚さぬものだと教えたろう」

褐色の娘の狼狽が極まる
劣勢と感じたのか、取り囲んだ剣が狭まってきた
すぐさまにも、姫様を刺し殺すように迫る
だが、それもどこか勢いがない、おずおずとしてもどかしい

ハンプが居ないせいだ、誰でもない
この騒動から少し離れたところで見守る紅の軍師が思った
彼は、このことに声がけをされなかった
同志と見られず、そして、姫様の寵愛も受けず
宙ぶらりのまま、この場にいる、この異常な光景を目の当たりにしている

「下がれよ、下劣の貧民、触れられると思うな、紅の姫に、赦したか貴様らの存在を
王位と並ぶことを赦したか?、この紅の段に無断で足をかけて、かつて命を落とさぬ平民がいたか?」

おず、
気圧されて、囲みが下がる、凄まじい恐怖を
全員が感じている、どうだろう、絶対多数にも関わらず
ただ一人の娘に絶対劣勢となっている

「アル!!!」

「はいっ!」

「側に」

ざらっ
言われるまま、側へと進む
赦しをうけて紅の段に足をかけ、上がる、それだけで格が違って見える
向けられていた刃は、一つとして彼を押しとどめておけない
圧倒されている、無論、アル自身もその支配下にある

「よく私に仕えました、最期のつとめを果たすときが来た」

「・・・・・・」

くるり、姫様は一度まわりを見回した
そして褐色の妹に視線を留めた
睨み付けるわけでもなく、突き刺さるわけでもない視線
だが、絡みつく?違う、まとわりつくでもない
ただ、自分に向けられた視線に恐怖し、凍り付く、褐色の娘は主人に逆らったことを
ようやく全存在をかけて理解し始めている、恐怖が蝕み心を食い破りつつある
そして脳にその瞳が焼き付けられた、一生、死ぬまでこの視線を忘れることができないであろう

「お前は速さと焦りの区別がつかなかったのだ・・・・・こんなことをせずとも
お前に、ここまで育ったお前に譲るつもりがあった、私の全身には
昨夜の毒以上の死が巡っている、病が、身体を蝕んでいる、もはや
前線に立つことは叶わぬ、無論、お前に付け入る隙を与えるほどにスピードも落ちた
・・・・・・だが、それでもおそらくは私に最も近いであろう、つまるところ世界で2番目によくこしらえられたお前を
私はまだ凌駕している、ならば、最高の悦楽はここに短絡する、私という一つの完璧を」

す、言うなり、どこからともなく
宝刀を抜いた、金の飾りと宝石がちりばめられた短刀
一同、ただ呆然と見守る

「最高の悦楽は、造り上げられたものを壊すこと、つまりは」

する、白いドレスが一度舞ったように思った
だが、次にはもう、その白さは、無垢は、
絢爛たる美しき高貴なる紅に、生地を踊らせた

すぱっ

「アル、浴びよ、この高貴なる血を!!貴様が今まで浴びた、どの血液よりも
美しく、清らかで、尊いっ!」

左手首に一閃が奔った
続いて、ワインのような紅が、吹き上がるように、その後
滴り流れた、アルは目の前に起きるその
色の変化、音の虚無、喪失する時空
全てを脳へと衝き込んでいく、網膜を伝う信号を
痛みと思うほど強く、刻みつける、焦がす、焼き付ける

「ひめさまっ!!!!!!!!!!!!」

どれほど遅れた後だっただろうか
かざした自らの手から溢れる血に
全身を紅に染めた姫様を
倒れる前に、王位の階へとのぼり抱き締めた
囲む衆奴は動くことができない

「姫様・・・・そんな・・・・・・姫っ、姫っ!!!!」

ゆする、しかし既に
おそらくは熱のせいであろう、血液を失うことは直接の引き金じゃない
病はそこまでこの人を蝕んでいたのだ
アルはやりようのない哀しみと、喪失を覚える
ようやく気付いたように、アルに刃を突きつける侯が一人いた

ガインッ!!!!!

「貴様ぁっっっ!!!!!!!!!姫様に、刃を向けるつもりかっ!!!」

大喝っ
アルが涙を流して、その剣をはね除けた
白騎士の肩にスズランの紋章が輝く
高貴な色に染まる、ほんのりと、白い花は紅を帯びた

「どけっ、姫様が退場なされるっ、道を開けろっ」

力のないそれを抱きかかえアルは怒りの形相で
階段下の寄せ集めに睨みをきかせる
数人が、その視線を受けてなお立ちふさがろうとするが
アルの敵ではない、姫様を抱きかかえながら
抜き晒した剣でやすやすとそれらの障害を屠った

「道を空けろ、姫様のご退席であるっっ」

最早、これを止められる肝を持つものは居ない
おそらくハンプですら、無理であっただろう
それだけの迫力が、この忠臣からは放たれていた
ぐったりとした、紅の姫君を抱え、白い鎧を紅に染め
黒地のマントを翻す
きゃちり、きゃちり、軍靴が鳴る、剣が泣く、騎士が哭く
啼いて歩く

「王位は妹姫様に引き継がれた、姫様はそのまま国を去る、そうしておけっ」

どがんっ
蹴破るような勢いで、広間の扉を開けた
外は晴れている
そこから、おびただしい光が入り込む
広間の中、全ての人間には見えた
光に飲み込まれるよう、天に登るかの如く
白騎士と紅の姫の背中が吸い込まれていく

紅いドレス、
彼女は姫君
永遠にこれからも

誰も追うことができなかった
この場にいる全員が魂を喰われたかのごとく
ただ、呆然と見送る他なかった
ぱちん、指鳴りがして、すぐに政局の再編成が行われた
鳴らしたのは、褐色の姫君
動いたのは、紅の軍師
彼は、この瞬間まではまるで外様だった、が、妹姫の
いや、これから後を考えたとき、瞬時に身体が判断した

政局を握るには今しかない

そうして、狼狽えるばかりのもの
今の顛末を知る弱きもの
忠誠を誓わぬ愚かなもの
全て粛正され、床には、幾重もの血の模様が散った
どれもどす黒く薄汚い

一点、王位の段に標された血痕のみが、一際の紅を放った

宮中では無事王位が無事継承されたとされ、それに異を唱えるものは「いなくなった」
そういう粛正と殺戮があったのだ
新しき姫様が君臨する、紅の軍師はその配下として階段下に位置した
本当の恐怖を知るものが統治を行う国となるのだろう

当然、すぐにアルを追撃する命令が下りた
しかし、既に彼は、妻キルシェともども行方がわからなくなった
前姫位の亡骸もどうなったかわかるはずもない
妹姫は、異常なほどにそれに執着するが
表だってアルを罪人とすることもできず
偽りの禅譲もある建前、やがてその存在を箱へと閉じこめた

一説に、東へと騎士は姫様と奔ったとも言われるが、現時点では定かでない

箱に蓋をするために
血が流れ続けた
姫君が愛した、紅が床を染め上げてゆく

紅の国は血でできている

これからも、重ねて、色がくすむことなどない



Ende.



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長々ありがとうございました。
R(04/12/17)