右目の男 お客さんの当利さんによる、不定期伝言板連載SS
「・・・どうですか、この新作!! 他社の製品の2倍は早く処理しますよ。
これを買わないと・・・あれ? お客さん、どこへ・・・」
・・・店員の声が空しく遠ざかってゆく。
何も聞きたくなかった。 耳に入る事全てが、下らない戯言に聞こえた。
男は店を出ると、あてもなく夜の街をさまよった。
男の名は、黒崎和馬といった。
普通の中流家庭の次男として生まれ、何不自由なく育った。
大病を患った事も、生死の境をさまよった事もなかった。
公立高校を卒業し、そこそこ名の売れた私立大学に入学し、
何事もなく卒業した。そして、普通の一般企業に入社。
今年で4年目を迎える。
・・・なんの変哲も無い、波一つ無い人生。
(・・・俺はいったい、何をしている?)
和馬は己に語りかけた。
(・・・俺はいったい。何のために生きて・・いや、生かされている?)
・・・返事はあるはずも無い。
時の川の流れだけが、ただ無表情に、確信的に過ぎて行く。
・・・今日もその街は、腐っていた。
「これ、そこの小僧」
・・・数馬は、自分が呼ばれたのだと気づくまでに、しばらくの時間を要した。
「・・・俺のことかい? じいさん。」
振り向いて相手を確認してから、ぶっきらぼうにそう言う。
いつもなら、もっと礼儀正しい返事をする数馬だが、
どうやら小僧と呼ばれたことにカチンときたらしい。
「何のようだい? 施しなら他を当たってくれないか。」
数馬は、老人のボロボロの服をねめつけながら、吐き捨てるように言った。
「・・・今の生活に満足しとるのかえ?」
一瞬、時が止まった。
「・・・どうなのかえ?」
「・・・・いや。」
数馬の口から、自然にそんな言葉が漏れた。
「・・・この街は腐ってる。いや、街も、空気も、住む人間も、皆腐ってやがる。」
数馬には、なぜこの老人にこんな事を言ってしまったのか分からなかった。
ごく当たり前とでも言うように、言葉が出てきた。
「・・・そして、この俺も・・・だ。」
「ふぉほほほ・・・そうかえ、そうかえ・・・そう、思っておるのかえ。」
老人は数馬の言葉に、不気味に笑った。
「用がないんなら、俺はもう行くぜ。」
「まあ待て・・・お前さん、自分の人生を変えたいとは思わんかね?」
後ろを向きかけた数馬は、その言葉に動きを止めた。
「・・・・どういう事だ?」
「・・・お前さんに、これをやるわえ。」
老人はそう言って、数馬に奇妙な形の石を手渡した。
「・・・これは?」
数馬が尋ねると、老人はさも可笑しそうににやりと笑った。
「さて、なんじゃろうかのぉ・・・ふぉほほほほほ・・・」
「・・・薄気味悪いじいさんだな。」
数馬は吐き捨てるようにそう言うと、もう一度先ほどの石に目を落とした。
見れば見るほど、奇妙な石だった。
色は赤みを帯びた灰色。
大きさは手のひらに乗る程度だが、妙な重さを感じる。
極めつけは、その形状だった。丸い形に、奇妙なねじれが無数に走っている。
今までに見たこともないような形だった。
「・・・・おい、じいさん、これでどうしろって・・・・」
数馬が再び顔を上げると、そこには既に老人の姿はなかった。
「・・・・・」
数馬は狐につままれたような気持ちで、帰路についた。
・・・帰り道の途中、数馬は妙な光景に出くわした。
一人の少女が、なにかを綱につないで引き摺っているのだ。
(こんな夜中に、いったい何をしてるんだ・・・?)
数馬は気になって、少女の後をつけた。
少女は重そうに綱を引き摺りながら、近所の公園に入っていった。
・・数馬は、なぜか胸騒ぎを覚えた。
危険だ。
危ない。
これ以上関わるな。
・・・頭の中に、そんな声が聞こえる。
だが、数馬は、魅入られたように少女に近づいていった。
(・・・もう後戻りはできない。)
・・・どこからか、そんな声が聞こえたような気がした。
少女の動きが止まった。
(どうしたんだ・・・?)
数馬は不審に思いながらも、物陰から少女の様子をうかがった。
・・・誰もいない公園で、一体何をしようとしているのか・・・
少女が動いた。
袋の中から、何かを取り出そうとしている。
(一体何が入っているんだ・・・)
数馬は暗闇に目を凝らした。
(!?)
右目が熱い。
焼けるように熱い。
眼球が熱を持ったかの様に熱く感じる。
(な・・・何なんだ一体・・・!?)
思わず右目を押さえる。あの石を掴んでいたのも忘れて。
突然、脳裏に何かがよぎった。
(あ・・・・)
少女が、すぐ近くに見える。
何をしているのか、手に取るように分かる。
赤い液体・・・
少女の口から滴っている・・・
袋の中にあるものは・・・
人間の腕。
(!?)
少女がこちらを見た。
口紅をさしたかのように、口唇が紅い。
「う・・・・うわぁぁぁぁああああ!!」
数馬は逃げ出した。
何が起きたのか、さっぱり分からなかった。
(もう、後戻りは出来ない。)
・・・脳が繰り返す。
(もう、後戻りは出来ない。)
「やめろおおおおお!!」
数馬は叫んだ。叫びながら、夜の闇を逃げつづけた。
・・・どこかで、何かが音を立てて崩れてゆくのが聞こえた。
次回へ続く・・・・・・