同盟衰退
ZAKK氏脱退が引き金というわけでもなかったが
この辺りから、氷室さん自身が今のネット業界に絶望を覚えたり
また、ネチケットのなんたるかをちゃんと教えるという義務からの
解放を願い、同盟というよりは
氷室さん個人サイトの意識が強くなる、そして二つのサイトが出来る
実は、この当時既に、同盟裏の裏サイトというのがあり
そこに、おいらは招聘されていた。これが一つ目の個人サイトである。
この存在は、当時の同盟員の間にもほとんど知られる事のなかった存在で
DSGと呼ばれていた(来歴は知らない)
DSGは、校長が本当に心を許せる、あるいは冗談と本音を解ってくれる人間のみを
集合させ、いわゆる同盟管理における愚痴のようなモノが暴露されていた
おいらが呼ばれた時、わっぱさん、武さん、パールさん、水沢さんが居たのみである
なお、高馬わーふが含まれないのは、校長が負の部分を見せたくないからと語っていた
最後まで愛された同盟員は、高馬くんだったとおいらは嫉妬する(ぉぃ
また、このころ、急激に流行り始めたUO(ウルティマオンライン)の存在も大きく
氷室さん他数名が、このDSGを根城にしつつ、UOの会話をしている事もあった
このDSG内にて、ZAKK氏の去就問題
ひろっぴさんの退陣問題、キング氏(同盟後期入隊)の去就問題
などについて、色々討論されていた、この中で
「もう本当に疲れた、何度言ってもわからないウザイ連中ばかりになった、もうダメだ」
と、校長が漏らしていたのがおいらの記憶に鮮明にある
一方
もう一つの個人サイト。これより少し前(同盟オフの前)に
実は、同盟の極中枢を担う関東勢が、
放課後電磁波倶楽部という、新ページを発足していた
氷室さんを主催として、わっぱさん、水沢(ざう)さん、武さんの4人だったと思うが
それぞれが、それぞれの得意な分野で活躍するページ
このページの凄かった所は
GEOの無料ページで、全員が勝手気ままに更新をする事ができる
複数管理人制度による、斬新なサイトデザインが魅力であった
一人がきりもりする個人ページとは違い、複数人間により
作られるため、コンテンツごとのセンスなんかが光っていたのだが
ここで氷室さんと、水沢さんが決裂
何があったかは、今となると、くろねこさんかさり姉しか知らないと思われるが
同盟中期を担った重鎮が、とうとう、校長と決裂
人の繋がりに、不具合(これは同盟的な不具合、校長個人としては仕方がないという見解)
人の集合体が故の惨劇が始まっていた
自然、電磁波倶楽部も消滅するに至る
これは、DSGにも波及を及ぼし、DSGには、おいらとわっぱさんしか居ない日が続くこともあった
そうなると早いもので
極天さんが引退し、同盟裏が消滅、表も閑散としていく
が、校長本人は、既に同盟に絶望を越えた見限りをしており
そうなっていく様を、さして気にとめた風も無かった
最後まで残った同盟員と名乗ったおいらとしては、痛いの一言だ
このころになると、高馬は女にうつつを抜かし居なくなるし(嫉み)
まなさんは自分サイトで大忙し、ねこさんは病弱だったし、姉には強要出来ない
孤軍奮闘を気取っていた、いや裏というか、実際は自分HPで大忙しというのもあった
今思うと、これが一番同盟を衰退させた要因かもしれない
最終的に残ったのは、あ〜る、飛鳥詠さん、よしのさんの三人だったと思う
飛鳥さんというのは、本当に最後の同盟員(正式には入隊する前に同盟が消滅した)である
おいらが居なくなるまで、同盟に書き込みをしてくれていた人だった
これら、完全に決まり切った常連による、ダレた書き込みが続き新規客を呼べなくなった
いわゆる空気が、BBSが澱んでいた、それ故にもうダメだった
このあたり、おいらも、自分HPの方に精力を注ぐようになっていた
残念ながら、うちのページは、おいらの情熱とは裏腹に
同盟校長には、決して評価が高いものではなかったため
疎遠となっていってしまう
無理のある、妙に義務感めいた書き込みで息が詰まる
閉塞という言葉が良く当てはまる、はた目にイタイ
そういう状態が続いていた
おいらにとっての、同盟が間もなく終わる
ほどなくして、かつての姿を全て捨てて
同盟という名前ではあるが、氷室さんの個人サイトという形になっていた
WinampのSkinを公開したり、UO日記などで一時期、隆盛を取り戻したかに見えたが
肝心のBBSは、おいらのような老害が居たため発展は皆無
それでも、毎日書き込みを続けていたおいら、10万hitを越えた時に
校長が最後の更新として、WinampのSkinをアップしたのを最後に
同盟は名前のみとなった、校長は書き込まない、居るのは、おいら
形骸化だ
ほどなくして、おいらのオフラインでの事情(家庭とか)により
同盟に出会ってから、ただのひとときも欠かすことの無かった書き込みを
ついに長期欠席、一ヶ月ほどして帰ってきたそこに
もう、おいらの居る場所は、DQ同盟八十八学園は存在しなかった。
かつての同盟員は全て巣立ち
ちりぢりになってしまった、飛鳥さんは、三十三組にくる事は無く
あくまで、同盟の客であったことを、おいらに印象づけた
その潔さに、今思うと感動する
それから数年
2001年12月某日
氷室からPSYという名前に変えた校長の個人ページであったRealize閉鎖。
名実共に、同盟の火が、落ちた
同盟があったはずのディレクトリにはもう、なんのファイルも残っていない
googleで未だにhitする
この偉大なページを、僕は忘れない