独習パソコンHP奮闘記     トップへ
06/04 IТ講習会 (役場主催)
05/23 IТ講習会 エクセル 新型PC
03/19 エクセル
0309 ジャバ アプレット(3)
0308 Jabaアプレット2 浮遊写真リンク
0305 Jaba アプレット
02/08 アイモード用HP転送成功
01/31 スキャナに乾杯
12/24 リンクミス
12/20 デジカメ
12/15 ジオで四苦八苦 転送
12月8日 ジオシティーズ geocities
11月15日 HP作製ソフト
11月7日 アクセス・カウンター
10月30日 ついにアップ。ネットへ
10月20日 HТML 4
10月19日 HТML 3
10月13日 HТML 2
10月5日 HТML1
9月30日 ワード プロバイダ 初期設定 入力
9月24日 メイル
9月22日 パソコンと取っ組みあって無我夢中一年

9月22日 金曜日 パソコンと取っ組みあって無我夢中
           一年

機械がきたのは、去年六月二十一日。この日から、まあ新しい人生が始った、と言っても言い過ぎではない。それほどの衝撃的な力を持っていた。まず、その特色を紹介することからはじめよう。

◎ 情報、知識を得るという点で、画期的だ。僕の常識では、字による知識は本屋、図書館、自分の持ち合せ本、などから得るとしたものでした。足を運ばねばならない面倒があって、わざわざ出かけることはまずなかった。まあいいさとか、適当にしてくれ、とかですんでしまったということ。追及しないということ。
ここでPCの特色にまずしびれた。

それは検索。
まず、新聞、と入力してみる。すると出てくる、いっぱい。目がくらくらする。どれを押(クリック)していいものかわからない。読売と打ちこんでみる。なんと、読売新聞が出てくるのである。ヘエーだね、感心するね。新聞社はサービスをしているわけだ。ただで。使用料も取らずに。
次に報知新聞と英文読売をクリックしてみる。出てくる。巨人の戦況を逐一載せている。紙上実況のようなものです。
この秘密を知ったので、毎日、新聞を読むことにした。こんなこと、各紙を置いてある喫茶店へ行くか、図書館にでも行かない限りできないことだった。

次にしびれたのは、クリック一発で目指す画面に飛ぶリンクだ。パソコンの画面では、手で紙面をめくる代りに、目指す場所にカーソルを置いてクリックすると、カチンと小気味よい音をさせて一瞬に画面が移る。ニューヨークの新聞だって、そこをクリックすると、カチンとすぐ画面が変る。ニューヨークも東京も同じ。料金も同じ。三分十円ぐらいだ。

その程度に検索しておった。それが今年も六月になって、アユの冷水病について知りたいと思ったとき、PCが頭に閃いた。いまごろ遅い。
冷水病、アユと二項目入力して検索してみると、出てくる、出てくる、神奈川県とか、岐阜県とか、水産庁とか、歴々の名前で。こんなしかるべきところから出ている資料など、われわれ庶民に縁がないものとしていたのに。それを私ごとき者が部屋に座ったままで見ることができる。こりゃ革命ですよ、血を見ない革命。
つづく

9月24日 日曜日 メイル

この奮闘記の対象は年配者です。機械にもHPにも少し詳しい人が身近にいて、自分に少々の辛抱さえあれば、ものにできるので、その応援に、今までの経験を伝えてみたいわけです。

きのうは、機械の強力な特色として、検索リンクを挙げた。
次はなんだろうな、メールかな。郵便、便り。これが優れもの。手紙がわりはもちろん、もっと重要な研究論文だって送れる。それを直すことも、別の人にメイルして見せることもすぐできる。いちどきに多人数に簡単に送れる。しかも安い。ニューヨークへ送っても三分十円ぐらい。保管が簡単。整理もしてくれる。ちょちょっと機械に指示をしてやれば瞬時にやってくれる。また、印刷機にかけると、りっぱな文書としてすぐ出てくる。

試しに、ニューヨーク在の人でHPで知った人にメールを送ってみたことがある。国内と変らず瞬時に届いた。ニューヨークと音信をかわすことなど、まったく考えたこともなかったので、不思議な感覚が体に残る。世界が広がる。この機械の最大特徴は、音信の送受を通して世界が広がることだろうな。こんなごみごみした部屋に座っていて。

我サイトで(HPで)新鮮だったのは、つい近所の知合いとメイルのやりとりがあったことだった。電話よりも便利な面のあることを知った。とにかく連絡を送っておく。呼出さなくてもいいし、きちんと文字で伝えることができるし。
益田川情報として、アユのことを日記ふうにしてアップしていたところ、近所の鱗友会仲間から連絡をもらった、三人。その他に二人。計五人。少ないですが。ТHさんは、すぐ下の益田川で連日友釣をしていて、その状況をメイルしてくれたのでそのままコピーしてのせました。サイトにきた人には有益だったはず。またТKさんは、間違いなど知らせてくれてありがたいことでした。

アユ情報のやりとりには、「掲示板」、という便利なものができるようになっている。各地の人が、掲示板に連絡することでその内容がすぐ読めるし、またすぐ情報を掲示板に送ることもできる。多人数でする電話みたいなもの。管理者になると、それを毎日管理しなくてはならないので、僕は開いていないが、これは便利なものです。釣情報などにはうってつけです。

7月、たまたま『五衰の人』という三島由紀夫について書かれた本を手にして、ぱっちり目が覚めまして、それをダイアリーに入力(書く)していた。もし機械がなければ、メモ程度に日記ノートに書きとめるぐらいだったろうに、しっかりと入力した。これをサイトにのせるつもりで。
この段階で、普通なら終るわけだが、ここで、検索という便利なものが登場する。さて三島については、どんなサイトがあるだろうと。

そこで検索エンジン(検索情報提供会社)を開いて、三島由紀夫、五衰の人、と入力してみる。あるある、とても読みきれないほどある。さらに、インフオシーク、ヤフー、NТТ、などいくつかの検索エンジンにあたってみる。いっぱいある。各エンジンにまたがってある。そのうち、こっちの目標に合いそうなものを探し出して、内容を読んで、ここならいいかもしれぬと、メイルする。サイトには、メイルしてくださいとすでに表示してあるので、すぐできる。

若い、三島研究者のサイトに質問をしてみた。これが望外だった。思いがけなかった。彼は、三島に初心である僕に、上手に指示と方向を与えてくれた。それで、現在まで、三島のページは続いているわけです。とても、一人じゃここまでは来れなかったろう。
これがサイトとメイルのすばらしいところ。手紙じゃこんなことはできない。だいたい手紙など、知らない人に突然書けるものではない。

まあそれぞれの人用に、ありとあらゆるサイトがあるということ。きのうあげた、アユの冷水病もその一つ。自分の関心事で、聞いてみたい、もっと知ってみたいとみんな思っている。それが実際すぐやれる、図書館へも、役所へも行かなくて。予想をはるかに越えてやれる。今までの常識ではとても測れないほどに。

これまで、情報は、お上が、大企業など力のあるものが出すものと決っていて、それを僕らはあたりまえとして疑わなかった。個人の情報発信は、出版社を通じて本がになっていた。だから、ひとりひとりが、簡単に情報発信者になれるというこの事態は、革命です。まさにIТ革命。サイト(ホームページ、HP)こそその発信局であり、私がですよ、その発信局の局長、主催者なのです。しかも中流以下の一介の自営中年が。

小学校では、もう授業として使われている。来年度から全国規模で、正式に授業で使われると聞いている。
使われる理由はわかります。知らず知らず、生徒は勉強していくからです。強制ではなしに、自発的に。生徒たちは、機械に、興味と工夫をぶっつける。それこそ、理想の勉強でしょう。ここでは、生徒対先生という従来の関係ではなくなっている。生徒は、インターネットを通じて、いくらでも教えてもらえる。その情報先の取捨選択が、パソコンメーカーと先生の仕事だ。あんまりなものを小学生に与えてはいけないので。あとは生徒にまかせてもいい。これは、授業革命でしょう。しかも、図書館での勉強と違って、画面が生徒の指示にしたがって命あるものののように動く。動くものには、動物として自ずと興味を持ちつづける。

生徒は、進んでそれぞれの興味あるサイトにメイルして質問すれば、たぶん教えてくれるでしょう。その時、文の書き方に自ずと工夫するようになる。メイルすることは、それだけで文章の、表現の勉強になる。自分と周りの関係について正確に知ることができるようになる。
また、機械類の全国規模発注は、景気を刺激するだろう。

9月30日 土曜日 ワード プロバイダ 初期設定 入力

ワードとは、パソコンに内蔵のワープロです。非常に高機能。まずここが始り。

その前に機械の初期設定があります。これは、私の場合長男が名古屋から来てやってくれましたが、一般には買った店でやってくれるはずです。またプロバイダと契約手続をしておく必要があります。なぜなら、インターネットによるメイルのやりとりには、それが必要だからです。

インターネットは、電話回線を使ってやります。そのため、料金は、電話代とプロバイダ代がかかります。それだけです。
一日三十分見る人で、プロバイダー料金が年二、三万円ほどです。電話代は、三分十円ぐらいです。
プロバイダとは、インターネット接続業者で、これはいっぱいあります。だが、田舎の場合、選択は限られます。なぜなら、接続局は電話代が市内通話ですむところがいいからです。局が名古屋では、非常に高くつきます。ここなら、下呂が近いです。

私の場合、去年、まだ何も知らないころ、たまたまここへ仕事に来ていた人に、プロバイダというものがあるそうだが、どこがいいだろうか、と訊いたところ、早速教えてくれた。そのままそこに加入したわけです。どうも気楽なもんです。何も知らないのでかえってよかったんでしょう。

NТТとは、ISDN回線工事をすませておくとよいでしょう。これがしてないと、PC使用中は、電話が話中になります。NТТに問い合せてみて下さい。NТТには、メールの設定のときいろいろ聞いたら、親切に教えてくれましたよ。初心なのでちんぷんかんぷんの質問をするわけですが、そこは慣れたもの、笑わず教えてくれました。

さて、去年七月から十二月まで、ワードに明け暮れしました。ワードの機能の凄さにはただただ驚くのみ。それにしてもむずかしい。参考書に書いてある事がさっぱりわからない。ここは苦しかったです。

たまたま去年、雨が降りまくったので、商売はお手上げ。それで、覚悟してワープロに夢中になった。あとは野となれ山となれ、金は天下のまわりもの、などと自己催眠をかけて。しかし、味噌汁と漬物を食って。家内は糖尿になるくらいなのでうまいものを食べるが。こっちは憂さのすべてを、神のような複雑精妙な機械にぶつける。ちょっとよこしたんじゃないかと(頭が変になったんじゃないかと)。アホ、ワガママ、タワケとどやしつけられる。ちぢみあがる。ますます機械に没頭する。

ワード参考書の初歩のものを買ってくる。中を開いてやり始める。しかし、すべてがまったくの新しい内容で、まずその言葉言葉言葉がわからなくてまいる。ぜんぶわからない。苦悩の独学ですな。わかれば簡単だが、その簡単が、わからない。いらいらひりひり。本の字は、こっちに合わせて変化してくれない。ただ一方的にそこに説明があるだけ。ここは慣れてなにがなんでもクリアーしていかなくてはならない。独習には、参考書しか頼るものがないのです。

どうにもわからなくて行詰ったときは、また別の参考書を買った。頭のマンネリをそうやって破ろうとしてみました。五ヶ月に五冊買った。読むだけではダメで、実際に使えなくてはならない。指が動かなくては。
思うに一番の肝心は、継続と粘りだ。そうやってあれこれやっているうち、あれだけちんぷんかんぷんだったものが、だんだん解ってくる。不思議といえば不思議だが。

おっと言い忘れました、キー入力を、ひらがなにするかローマ字にするか。私の場合ひらがなでやりましたが、ローマ字入力が圧倒的に多いようです。理由は、キイの数が少ないので。これが最初の関門ですが、こればっかりは慣れて、ある程度打てるようにならなければならない。音声入力のできる新製品があるそうだが、後々のために、まず指一本でいいから、キイは打ち慣れていくこと。

練習にはメイルを入力するのがいい。これを自分宛てに出す。それから、誰か適当な人を探してメイルする。すると興味と必要から、だんだん慣れて入力できるようになります。毎日機械をかまうことが苦にならなくなったらしめたものです。

10月5日 木曜日 HТML1

(HТMLとは、ホームページ作成のための技術用語。あとで説明します。)

いよいよホームページですが、始め、目の前のパソコンとワードワープロにせいいっぱいで、この時点では、ホームページ作成などは夢みたいなものです。いつか作ろうと決めていたので、まずパソコンワープロに慣れなくてはならない。パソコンそのものに慣れなくてはならない。

参考書を行きつ戻りして実際にキイ操作して画面を作り始めた。同時に、文章のためのワープロが打てるようになったので、なんでも入力してみることにしました。新聞に投書してみようと短いものを書きました。実際に、メールに「添付」して新聞社などへ送りました。円満な文ではないので掲載されませんが。しかし、とにかく、送ったものは届いたのです。届かないものは、すぐ戻ってきます。ある新聞社からは、今度なになにの特集を組むので意見を送ってくださいとメールがあって、びっくりしました。また、見知らぬところから、いろいろのメールが来るようになります。こうなると、ようやく、パソコンマンになったのかなという気にさせられます。

上記、メールの添付は、参考書に書いてある指示の通りにやって難しいことではありません。
さて、その文章練習のものを、HТML変換して(エクスプローラ)、サーバーにのせたものが、去年の日付でまとめて当サイトにあります。ホームページは簡単な文章からはじめるのがいちばんです。写真やらなにやらはとても難しくて、やっぱり数ヶ月はのたうちまわらなければならない。しかし、文章だけなら、実に簡単です。

おっと書き忘れました。メールのアドレス(住所)とホームページのアドレスは、プロバイダの方から無料使用のものを連絡してくるはずです。

独習は、参考書が頼りなので、本屋へ足を運んで本や雑誌を解っても解らなくてもぺらぺらめくってみること。慣れが第一。すべては慣れ。慣れがだんだん解決していってくれる。諦めずに歩き続けると、これがだんだん解ってくるんですね。最初ただただ茫然、足がすくんでいたのに。

参考書で一歩一歩前へ進む習慣は、ワード練習で身に付けておかなくてはならないです。なぜなら、ホームページのためのHТML練習も、同じく参考書で一歩一歩進んでいくからです。また、ずっと後で、ホームページ作成ソフトを使うとき、すっとはいりやすいからです。

10月13日 金曜日 HТML2

いまここに『WINDOWS98入門』があります。先月高山で買ったもの。中公PC新書シリーズの一冊です。
驚きます。わかるんです。内容が。一年前、ぜんぶが新しい言葉ばかりで、頭ががんがんして泣き泣きねばった。それがいま、だいたいすらすら読み進んでいける。大事な箇所とそうでもない箇所が解るようになっている。知らぬまに、機械の中味の流れがつかめるようになっていたわけです。結果としてこの場合は時が恵みでした。

この新書版の川口忠信氏の本は、機械の基本操作とインターネットからなっている。ワードについては何も書かれていない。つまり、数ヶ月の悪戦苦闘は、書類作りのための操作だったわけで、いまになってみると直接必要な事柄ではなかった。書類を作るわけではないので。しかし、それをやっているうち知らぬまに基本操作をやっていたわけで、それがあとでだんだんきいてきた。いまこの本もすらすら解るようになっているわけです。
しかし、特に年配のはじめての人については、私もまったくの初心ではじめているので、その苦労がわかります。けれども、結局毎日機械に触って慣れていくしかありません。

二月にホームページを開設しているのに、インターネットを見るほうはほとんどやっていなくて、(ページ用の原稿を作ることと更新のあれこれに追われて)、このごろやっとインターネットのありがたみに浴しました。
はじめが、アユの冷水病。なんだいまごろ、と思われて当然です。情報のきっかけは、簡単なようで簡単でありませんでした。これも、縁のものです。すぐそばにある大事なことが、縁がないうちはただ遠くにあるもの。パソコンに限らないですが。

次が三島由紀夫のページ。三島由紀夫の作品を読むことになろうとはまったく予測できないことでした。縁があって彼のものを少し読み、その縁で検索するうちあるページと結ばれました。これも、冷水病と同じで、今まで知らなかった世界がぱあっと開ける感じにさせられます。趣味とか好き嫌いは千差万別。無数のサイトの中に、あるんですね。合うのが。しかし、この出会いは運であり偶然です。求めなければ与えられないけれど。

つい数日前、これこそまったくの偶然ですが、日記サイト集の目次を見ているうち、あるサイト名が暗号のように風変りなので、クリックしたところ、若い女性の日記が出て来た。この日は、テレビでコウキノウ自閉症なる外見ではわかりにくい病気の女性を見てそういう事があったのかと心を動かされていたので、そのページに引きつけられました。ここはそれを紹介する場ではないので、いつか機会があったら紹介したいと思いますが、これも、パソコン検索のおかげです。あまりに不思議な、しかもこっちを打つ文だったので、感動と感想メールを送っておきました。もし気が向いたらメールしてくださいとして。

すると、返事が来たのですねえ。嬉しい、もうやめようと思っていた日記をまた続けますと。なんども嬉しいと書いてあって。らっどさんの深く届くようなメールを書きたいと。このようなお褒めには面くらいましたが、やはりこの人には何かひどく孤独なところがあるのかなあと思わされました。こっちはただ素直に、心を動かされたその内容を書き送っただけだったのですが。

不思議な、普通にはありえないことでした。普通の会話ではありえません。複雑な内容を、しかも見知らぬ人に伝えることはありえません。また話し言葉では、日常の用の伝達に終るとしたものであり、それがあたりまえです。また、手紙でも、こうも率直な事態は起りえないでしょう。
これは、メールだからこそ出来た。インターネットだからこそ。こちらがその人のページを読んでいたので、的を外れず文にすることができた。だからその人にまっすぐ通じたのです。

今日、HТMLを入力するつもりが、検索と出会い、になってしまいました。すみません。

10月19日 木曜日 HTML3

若い頃から体調が平坦でない傾向があり、高二の時の手術以来だと思われるが、それがずっと今日まで続いていて、夏はやたらに横着で動物ふうに元気になり、秋から冬が近づくにつれウツ状態に閉じこもるパターンを繰返していたのですが、去年、パソコンを覚えるべくワードワープロにがんばっていると、あれ不思議、例のいやな落ちこみが来ないわけです。それで、よし、何がどうなろうとこの神のごとき優れものを続けることにした。つまり、一種ソウ状態が続いたわけでそれが嬉しかった。家人も、まあ子供が夢中に遊んでいる状態なので、不満はあったけれども口出ししなかった。ただし、定期的にひどい毒をこっちに吐き浴びせるが、それも一種病気として、ガマンの子を決めた。収入を閉ざしている状態なので感謝こそすれそれ以上を頑張ってはならぬ。二人とも健康そうに見える一種の病人なので。

もう一ついいことは、これを機に長男と電話とメールを通じて喋りあうことができたことだ。二人でお喋りをし合うということはやらない。無口ではないが、子供の世界とは喋りあわないとしていたし、大人とも喋りあうことはまずない。それでは営業が出来ないのでほんとではないが仕方がない。子供には機会を見計って指示を与えた。子供は、家庭では一方的に従のものなので、当然不満がつもる、吐出したい。何かのかたちで吐出さなくては心身によくないので、ここは親は務めとしてそれとなくそういう場をつくってやらないといけない。それを家人にやらして、自分はかんじんなとき出るようにした。家人は後妻だったので、その辺の配慮もこっちにあった。母親と子供という役を引きうけ合わないと家庭として成り立たないからである。自然の家庭ではなく、人工の家庭である。このへんの呼吸は、そういう立場にたった人でないと解りにくいだろうけど。子供は、家庭の人工性になずんでいたはずだ。結果のよしあしはともかく、彼は家庭は緊張して創っているものだという感覚は身についていただろうと思われる。
彼はそのとし結婚をしたので、彼自身が一つの家庭の主宰者となって、その時に、オヤジとパソコンを介して会話することを始めたわけである。ここで、彼は、突然、親父の先生となった。こんな簡単な事がなぜ解らんのかと呆れることも、なかなかやるもんだと感心することもあったろう。ともかく会話があって、私も子供から教えられ指示されることに満足だった。ただ、ここまでは順調だが、やがてネットに日記などを載せるようになって、会話では窺い知ることができぬ年齢が引きずっているある重さに触れるようになって、彼にも何事かの出発となった。私の場合、父親が六つのとき死んでいるので、女の中で育てられた。つまり父の世界、つまり社会というものがよくわからん状態で巣立っていき、当然、いちいち自分で手探りで進むほかなかった。いまだにそうである。いいわるいはともかくとして。そういう躓きが感心したものではなかったので、子供にはそれをつまり一つの自分が与える社会を予備として与えておいて進みやすいようにしてきたのだが、結果の善悪はわからない。ただ本人は、エンジニアとしての結果は出すことができた。ただし、社会は、考え出せば、地球規模の歴史を背負っているので、別の頭のはたらきぐあい、精進がいる。一般には、ある程度の常識のところで、範囲を打ち切って生きるとしたものだが。
とここまで話が長くなったのは、HPは彼の助けなしではどうにもならなかったからである。それで、話が関係のない方向へ行ったわけだが、そこはシロウトによるネット上のHPの記なので、その辺の融通はかえって面白いと思ったので。またも脱線してすいません。思わせぶりをやってみたいのですが、若い女性のそれにはとても及びません。ともかく去年、十二月の終りからHPへの挑戦が始った。その白紙からのしょっぱなが、傍嶋さんの参考書だったわけです。

10月20日 金曜日 HТML4

今年、一月三日に、傍嶋さんの参考書を下呂の本屋で買った。そこにホームページ作成の参考書は二三冊しかなかった。かんたんとあったので、簡単かと思います。思いたいです。さて開いてみる、とんでもない、なんにも解らない、読み始めてみる、さっぱり解らない、茫然、こりゃだめだ、とても進めない。
それでも、おおざっぱに解ったことは、HPの作成は、HТMLファイル形式で作らなければならないこと。それは、内蔵のメモ帳なるもので作ること。そこで指示どおりメモ帳を開いて次のように打つ。

<HTML>
<HEAD>

<TITLE>ホームページ作成教室</TITLE>
</HEAD>
<BODY>FrontPage Expressを使ってホームページを作成しましょう。
</BODY>
</HTML>

これをブラウザで見ると、
FrontPage Expressを使ってホームページを作成しましょう。
と、この文だけ出ます。

傍嶋さんは、これで出来たのだと言う。ヘエーそんなものかね。えらく簡単である。実際は簡単ではないけれども、原理としてはそれだけ。
これが第一日めだった。そして今日まで来た。まだ、むろん解らんことばっかりだが、初めと比べたら、格段の進歩だ。振りかえって、山あり谷ありだったなあと。

今この本を久しぶりに開いて読むと、非常に新鮮に読めます。著者の意図や親切が、今やっと伝わってきます。巻頭の文も、新鮮です。しかし初心の、まったくの独習の一冊ということになると、これでは無理でしょう。
長男が内蔵のメモ帳だけで作るというので、HTMLだけによるHP作成の参考書を探すことにし、高山まで行って見つけたものを、その後何回も読むことになった。その本は類書の中ではわかりやすかった。独修に向いていた。出来あがったものはごつかったけれども、手作りであり、文章程度の作成にはこれで十分です。その段階では作成ソフトを使うとかえってむずかしいと思いました。

<HTML> </HTML>や<body> </body>をタグと言います。ホームページの作成には、文章でも画像でも、原則としてかならずタグで挟みます。そこで、HP作成勉強とは、タグ勉強のことなのでした。むずかしいかって?むずかしくない。根気根気のみ。
しかし、以上はファイル作成の手続だが、その他にサーバーへの転送とか、いろいろと独習では難しいことが出てきますが、まずはファイルの作成です。大丈夫、独習で大丈夫。僕の場合、いきづまった時は類書を買いました。四五冊も。学校へ行くと思えば格安ですが。手間ヒマがかかりますが。

10月30日 月曜日 ついにアップ。ネットへ。

メモ日記を見ると、〈一月八日午前四時にwebにのせることができた。最後は難産だった。太一郎が会社の忘年会(新年会の間違い)から帰ったあと、深夜一時から四時まで、やりとり(電話で)しながらつなぐことができた。〉とある。どういう経過をたどったかについては書いてないので、思い出しながら入力してみます。
正月来た時、ファイルを完成させてアップすることに話しを決めた。帰ってから彼は、HТMLによるファイル作成と転送について、休みを利用して勉強した。森なんとかという人の本がいいと言ったが、高山の本屋で見ると、字が細かくて解りにくいので、別のを買って、こっちも少し勉強したが、わからないところばかりでとても進めない。この日電話で、言う通りにしろと言うので、こっちは意味がわからないけれども、進むことにした。まず、HТMLファイルの作成。これは、去年、ワードとメイルの練習で彼のところへ送っていた文書をHТMLファイルに変換することにした。これを、メモ帳でやる。彼は、メールで、フォルダなど全部転送してきたように思う。それをCドライブにいれた。次にややこしいのが、転送だ。今は、作成ソフトに付属している転送でやるので簡単だが、これが始めはむずかしい。しかも、ただでやるということで、ヴェクターとかを使ってやった。このやりとりで二時間ぐらいかかったが、とうとうサーバーにのせることができた。自分のアドレスを入れて、エンターを押してみると、出た。ついに成功だ。背景はまっ白で、字があるばかりだが。いちばん原始的ホームページだ。一つ気に入らないことがあった。それは、画面いっぱいに字が並ぶことだ。余白がない。これでは目が疲れてとても読むのが苦痛だ。なんとかならないかと言うと、マージンを入れようと言ってきた。そこで、ソースを開いて、bodyに、レフトマージンとトップマージンの数字を言われるままに入力する。それを転送する。このあたり、こっちはなんのことかわからない。言われる通りにやるだけ。ついに四時、終る。くたくただ。
この日は土曜日。隣のТТの息子がPCを持っているので、九時ごろそこへ飛びこむ。彼は、眠た眠たニヤニヤして出てくる。こっちは興奮してまくし立てる。ニヤニヤは彼のクセである。アドレスを教えてもどる。さてこれから始って今日がある。まさかのPC人生となった。本日はこれまで。

11月7日 火曜日 アクセス・カウンター

二月四日にアクセスカウンターを埋めこみ、二月十日には、それが五十八になっている。(カウンターは、契約プロバイダがくれた)。その前に、去年の文章で、練習のため息子に送ってあったものをまとめてネットに乗せる(アップする)。ホームページは更新されなければ、訪れる人はいなくなってしまう。更新としては、日記のようなものがいいだろうと傍嶋さんの参考書で教えてもらっていたので、これをはじめる事にした。いちばん最初が、一月二十六日で、「道、フェリーニ」と題している。これが第一号で、今日まできた。まさかここまで来るとは予想できなかった。種切れになると思った。あるいはイヤになってしまうかとも。

書出すと、文は出てきた。不思議だ。そのうち、とにかくなんでもいい書く事が目的になってきた。さらにやっていると、書くとはとか、文章とは、と考えるようになった。欲が出てきて、いい文とはとか、魅力的な文とはとか。考えたけれども上達したわけではない。

そのころには、ホームページ開設の知らせを三十人ぐらいの人に出した。しかし、返事なりあったのは二、三人。次は検索。まずヤフーに出してみよということで送ってみた。以後、ヤフーでは取上げられていない。gooからは出るようになったようだが。いちばん早かったのはNTT。これは数日で登録されていた。おかしかったのはinfoseekだ。はじめて出たのは三月三十日だ。だから二ヶ月ほども、こちらの手違いで登録されなかった。それまではNТТだけだったが、数字で見る限り訪れる人は今と殆ど同じだ。人気のあるページにはならなかったということで、残念だが。

さて、三月の終りにインフォシークに登録されたとたんにカウンターが増えた。しかし五月になると普通に戻った。一ヶ月平均三百ぐらいで、この数はずっと、初めから変っていない。どういう人が見ているかわからない。一日数人でも切らさずにあるということは、更新しているからである。まあ数人でも訪れる人があると、更新をやめられない。更新の励みにはなる。

転送のことなど、なかなか面倒だったが、そういったことは参考書を見てもらいたい。素人にはうまく説明できません。
年末でHP一周年になる。過ぎてみれば早い。人生も。年末はいちおうの区切りだが、そろそろ潮時かなと考えています。

11月15日 水曜日 HP作製ソフト

五月三日にビルダーを手にした。それまでは、全部手動だった。HТMLを自分で作りそれを手動でサーバーに送る。これは手間がかかる。そういうものとしてやっていたので、それはそれで通っていった。だが、五十キロぐらいでメモ帳がいっぱいになって変更を受けつけなくなったのには困りました。また新しくファイルを作らなければならないので。

そのときだったので、このソフトには助かった。便利だった。ただし、使い方がなかなかむずかしい。いまは慣れだけれども、最初の覚えるときが苦痛。それを通りすぎると非常に便利である。また、ファイルが八十キロになっても受け付けてくれる。
サーバーへの転送がやりやすい。表が簡単にできる。リンク処理が簡単。その他さすがに大した物である。しかも、値段が手ごろ。私は興味がないけれども、グラフィックの好きな人にはそれもやれる。手動と比べるといいことずくめです。
しかし手動の三ヶ月間が良かったのはHTMLをなんとか覚えたこと。HTMLの基本は覚えておいたほうがいいです。ソフトからはいった人も、いつかその初歩を知っていかなくてはならないので。

検索エンジンへの登録には困った。やってみれば簡単だが、初めてのときはむずかしい、なんでもそうだが。登録も、代行会社というものがあって一括してやってくれるそうだ。もし四十代の前半だったら、専門に勉強していたかもしれない。
このごろは、やたらに登録ファイルが多くなって困っている。益田川関係での当サイトはヤケに目につく。けれどもヤフーにはなかなかのらない。よくわからない。つぼの初老日記というファイルを作っているが、これが知らぬまに、フレッシュアイに載っていたりする。

カウンターが気になりだすと、度が過ぎてくる。感心しない。まあ、マイペースがいちばんだ。マイペースで更新だ。仕事が忙しい時は、朝起きたときから献立をどうするかを考えるものだ。それで一日が過ぎて行く。今は、どうやら今日は何を書くかで日が暮れていく。

年配者にと思ってこれを書いてきたけれども、伝わったかどうか。HPまではともかく、検索とメールは世界が広がるし、パチンコよりははるかにいいです。始めは苦痛ですが、それを乗越えたらいろいろいい事がありますよ。挑戦してみて下さい。

12月8日 金曜日 ジオシティーズ geocities

前から聞いてはいたが、「ジオシティーズ」のHP容量無料貸出しについて知るために、そのサイトを訪れてみた。なんでもそうだが、初めはわけがわからない。クリックする部分がやたらに多い。その中で、HPの転送について探した。ファイルの転送だ。作製は、こちらでできるので、HPの作り方の参照は飛ばす。その部分はクリックして開かない。後の楽しみにしておくとして。

まず、登録しなければならないことがわかった。そこを開く。これがまず難関だ。順々にクリックしてページをめくり、必要な記入をする。これでつまずく。さいわい、参考書の中に、それのだいたいが記入してあった。それに従う。と書くと簡単なようだが、なかなかややこしい。まあここまで、パソコンHPをなぶってきたおかげだ。なんとか手順の終りまで行けた。

今日包丁を握りながら、ラジオを聞いていたら、どうやら趣味のことをべらべら喋っている。仕事、強制、と趣味の違い。つまり自発ということだな。自発ではない趣味はないけれども、いづれにしても最初の重大困難はクリアーして行かなくてはならない。趣味だって困難があるから、楽しみが出てくる。問題はその困難だ。つまずきだ。しかし、趣味という自発だから、困難を乗越えられるのだとも言える。趣味とは言え、そこに甘くとぐろを巻いているようでは、奥へ進めない。奥へ進むためには、最初にやってくる難関が大問題なのだと。ここが乗越えられるかどうかにすべてがかかっていると。ここが越えられたら、あとは半ば自動で進み始める。つまりラクになるということ。さらに、奥行が味わえるようになるということ。それにしても、HPの世界は広く深くて、なかなかひと段落にならない。

市民登録が終った。(どうも変った言葉使いだが、これがアメリカ流なのだろう。ジオシティーズのサイト全体を、ひとつの市としているわけだな)。市民IDとか、コミュニティー(カテゴリーのこと)とか、番地とか、パスワードとかの登録を済ませなければならない。ちなみに、そのラジオでのお喋りさんが、カテゴリーなどという言葉を使っていたところから察するに、これはIT言葉の進入だな。

さて、必要事項を記入して先方へメイルした。送受信した。なんと、いやこれはこっちの勘違いかもしれないが、折返し登録完了のメイルが来た。たぶん、折返しではなかったろうが、すぐだったことに間違いはない。そこで、さっそく、そのパスワードなどを打ちこんで、ジオシティーズ市民として動きだしてみた。べらぼうなクリック量だ。転送部分をクリックして、まず指示に従って送ってみた。とりあえずは、昔の益田川の記事を復活転載してフアイルにしたものを。メイン目的の写真ファイルだが、これがどうもわからない。フォルダごと送れないようだ。こっちのデスクには、写真は、photoフォルダとしてすでにある。あと細かいことを書くと、ややこしくなるので言わないが、なかなかむずかしい。とりあえず、index.htmlとして送った益田川のファイルは、呼出してみると出てきたので第一歩はうまくいった。

どうも、この文はカタカナとアルファベットが多い。かってが違って落ちつかない。

12月15日 金曜日 ジオで四苦八苦 転送

ジオシティーズは、ヤフー関連企業であり、ソフトバンクの経営です。無料ホームページ提供とはと覗いてみたのがきっかけ。ここは、ホームページの市場である。ものすごい数だ。これを、カテゴリーに分けて掲載している。ネットサーフィンにはもってこいだろう。
見る方は根気さえあればむずかしいというものではないが、作る方は大変だ。まず入会が非常に面倒。粘って、なんとかここを突破しなくてはならない。はじまらない。

益田川記事を新しく作ることにした。それと写真フアイルを。これがメインだが、作り方案内を見ても何がなんだかさっぱりわからない。で、従来どおり、HТMLとビルダーで作る。簡単であっさりしたものを。ほかに作りようがわからないので。問題は、転送だ。ジオのサーバーへのアップだ。
転送説明を見ても、見なれぬ単語が並んでいて萎縮する。いやになる。だいたい、こっちは、サイトは、契約プロバイダのうちに設けるものとする固定観念がある。だから、なぜ、当プロバイダ以外の所にサイトができるのかがピンとこない。そこで考えてもわからないことを考えてしまう。悪い癖で、頭にかすみがかかるもとだ。身体がすっぱくなり、癌になるんだろうなと変なことを思う。

益田川ファイルをindex.htmlにし、ビルダーでつくつたロゴ、写真ファイルの目次を転送する。これを、ジオの転送用ページからやってみる。一発で成功。よしよしと自信を持つ。ところがすぐ挫折。写真の各フアイルを、インデクスと並列にするのではなく、フオルダにまとめたい。ここからよたよたし始めた。フオルダの処理がわからない。それから四日ほど、体に酸がたまってしまった。そしてようやく昨夜、というか、明方になって、サイト転送ができた。どうしてもサイト転送にしたかったので。
最初、ビルダーでフアイル転送はできた。だが、サイト転送にすると、なぜか機械が受けつけない。おかしい。パスワードなどを何度も入力しなおす。でもだめ。ジオかビルダーへ質問しようかと、サイトをあたってみたが、見つからない。もう投げようとして、それでもと転送設定の、別のページを見ていて、あるいはとおもってなおしてみたら成功。アホらしいような簡単なこと。パソコンはこの事態ばっかりだ。わかれば簡単、わかるまでは七転八倒。

12月20日 火曜日 デジカメ  

ジオに写真ファイル集をつくったので、このところ写真で頭がいっぱいになっている。明日も小宴会の用意をせねばならないので、頭と身体がチグハグする。モウロクのかげんである。三島由紀夫にはまったく向えない。集中できない。奥野さんと『金閣寺』について予定していたのに、書きとめていなかったのでコロッと忘れている。しかし眠くてどうにもならん、今日はやめよう。

さて、いま朝の八時。きのうの続きをはじめます。眠くない。起きたのは六時半。お客さんは仕事に出発。家内は店の用意や洗濯などこまごまと動いている。自分にはだめ。寝て起きて、仕事のある時は仕事のみ。後はうつらうつら横になっている。どうにもならない者。懐がさみしいくせに生意気だ。

デジカメの説明書を読んでいる。解るようになってきた。これも、ある種のパソコンだな。四五年前、一眼レフの最新式を買った時これがはじまっていた。説明が細かい、こっちは実際に使うこともない。いまはプログラムにしている。で、ああいう操作はおもちゃをなぶるのに似ている。興味のない者には、さっぱり頭にはいってこない。
デジカメも同じなので、当座必要な部分だけ頭に入れておいて写してみた。いま、もう一度説明書を取出してきて読んでいる。なるほどわかる。ホワイトバランスなどはなんのことかわからないので、ほかっておいたが、いま大事なことだったとわかる。

デジカメのおもしろさがわかってきた。ぱちぱち写してすぐ結果が出るところがよろしい。フィルムとか現像がなくて手軽で楽しい。簡単に画面に変更を加えられるところもいい。デジカメとパソコンは一体のものだな。
それにしても、一介の田舎者が、サイトを公開し、しかも写真まで手軽にのせられるとは、つい数年前までまったく頭にないことだった。おそるべき事態だ。誰にも手の届く予算でできるとは。情報の発信者は、権威と権力から出てくるものだったのに、なんということだ。こりゃ、新しい時代だ。実感するよ。

従来の写真の世界では、画像の変更は、専門技術と設備が要った。デジカメの世界では、その両方が要らない。ふつうの者が手がるにできる。私など、この年齢の者には慣れるまでが大変だが、若い者にはそう抵抗がないだろう。かえってゲーム感覚で楽しむだろう。

12月24日 日曜日 リンクミス

リンクミス。二月開始してから、きのうまで気づかずにきた。これは、よくあることなのだろうな。つまりパソコン内部ではリンクできているのに、第三者、私以外のアクセス者にはリンク切れしてしまう。

例えばこの奮闘気のページへ、どこかの検索から入って来たとする。その場合、最初なので、機械はこのページしか知らない。index.htmlへ戻るリンクが張ってあったとしても、機械には、この意味がわからない。httpから指示しなければならないわけだ。http://www.rd.mmtr.or.jp/~radd/としておけばまちがいなくトップページヘ行ってくれたわけです。

いまは、ジオにもうひとつサイトをもったので次のようにしてもいい。http://www.geocities.co.jp/Bookend-Shikibu/2498/と。ここからならリンクで動くことができる。ところが最初に、http://www.rd.mmtr.or.jp/~radd/funtouki.htmからはいった場合、どこへも行けなくなるわけです。このページを検索で見つけてぽんと入ってきた人は、リンク設定がおかしいとき、まったく身動きならなくなる。怒ってしまうだろう。見る人は数少ないけれども、ひどい目に、こっちはあわせてきたわけです。すみませんでした。

この事に気づいたのは、ジオにサイトを設けたので、サイトどうしのリンクに気を使ったので発見できた。リンク関係はよろしいとして、原稿のほうばかりに集中してきました。だが、いまは反対に、リンク関係などサイトにばかり気を使って、原稿に集中できなくなった。万全にして、原稿に集中したいものです。しかし、写真が加わったりしておおわらわです。

1月31日 水曜日 スキャナ

数日前、スキャナを買う、小さくて安いので。くわしいことはなにも知らない。写真をコピーしてパソコンに移せること、とわかるだけ。さしあたり、用としてはそれだけだ。
これも、デジカメと同じくパソコンの子分のようなもの。設定がこまごましていて頭がいたくなる。これらの処理には慣れてきた、とにかくはじめからつきつめないことだ。わからなくても焦らず、わかるところだけまずはわかるようにして、しゃにむにやってみる。やってみることが肝要。

つまずく。説明書を見る。やってみる。つまずく。また説明書を見る。やってみる。説明書が神だ。これなくてはなんにも始らない、これがあってすべてのいい事が始る。

詳しい説明書というものが付属していない。とりあえず動かせるという簡略なもののみある。それにしたがって動かす。動く。うれしい。だが、その簡略説明書だけではだめ。
そこでインストール、ということをやらなくてはならない。付属のCDをセットして、指示にしたがっておそるおそるやってみる。ソフトは五つはいっている。そのうち二つは必須だとあるので、まずいれる、次は、取扱説明書にあたるものをいれる。これが説明書がわりになる。これを読む、読みにくいような読みやすいような。本のほうがいいかな。

説明の画像が非常に小さい。不親切だな、クソッ。とても読めない。いくらなんでもこれでは、若者だって困るだろう。なにかシカケがあるんじゃないかな。上方のバーを見る。ランダムに押してみる。ラケットのマークがある。これは、辞書の拡大にあったように覚えていたので、クリックしたあと、画面にもってくる、あらっ、ラケットがカーソルについてくるよ、ひょっとすると、とクリックしてみる、するとクリックごとに画面が拡大してだんだん読めるようになる。最大にする。ホッとする。これでなんとかなる。

手元にあるL判と二L判をPCに取り込んでみる。なんでもかんでもやってみる。百キロ前後の七百ピクセルほどのものができてきた。大小どちらでも、立派な絵として画面上に出てきた。うーん、使えるぞ。上出来。たいしたものだ。小さなL判をほぼ画面いっぱいに引伸ばしても、くずれない。逆だ。写真が、にわかに生きてよみがえってきた。平板な写真だったものが、画面で、伸び伸び生きている、息をしている。レンズが喜んでいる。

だいたい要領がわかったので、いよいよ、カビがはえかかっているような昔のモノクロだ。五六センチほどのを伸ばしておどろく、感嘆する。これも、立派立派によみがえってきたのである。実にうれしい。まるで、自分が四十年前にもどってしまったよう。あの小さくて、そこに何が写っているかがわかるだけのような写真が、生き生き伸び伸び復活してきたのである。
レンズもフィルムも現像屋さんたちも喜ぶまいことか。

デジカメとスキャナでフラフラです、このごろは。うれしいフラフラです。で、文を書くのに、エネルギーが戻ってくるのを待たねばならない。まして、三島由紀夫へのエネルギーはとてもです。

2月8日 木曜日 iモード

アイモード用HPをつくる。
ジオから、メイルあり。転送に必要な入力項目を探す。アイモード用の、説明ページのあたりで、見つける。
よしっ、つくってみようという事になる。ビルダーに、それようの作製ソフトがあったので。
例によって、はじめ不安だ。いろいろやってみる。
作製ページを開くと、アイモード用のごく小さい画面がでる。トップページとサブの二つつくる。旅館と喫茶について入力。サブには、こっちの電話番号が出るようにする、1で。リンクで結ぶ。このあたりは一般のと同じだ。

さて、転送だ。geoとtripodで要領がつかめたので困惑しない。やってみると、一発ではいかない。でも、四苦八苦ではない。でも、不調のとき、だめかなあ、あきらめるのかなあと、例によって悲観の風が吹く。しかし浅い風。
ともかく転送は成功。アドレスを入力して、つないでみる。すると、ジオのページに変ってしまう。また説明書を読む。すると、一般の機械には出ないとある。

いったい転送は成功したのか、実際に画面にでるのか。
ランを導入したばかりのK建設と、朝きた若いТ保険やさんにきいてみることにする。
Kでは、アイモードの者はいないのじゃないかと言う。ギョッとする。そんなことか。その程度か。元気をそがれる。Kの知合いにきいてみると言うので、じゃあと、メイルでアドレスを送る。
Тさんには、一般の機械から携帯にメイルできる、と言っていたので、アドレスを入力して送る。
両方から電話連絡あり、出た、と。やったあ、だ。元気が出てくる。
気分よく何年ぶりかでひとりジャズを聞いてトロンとしていると、カミさんが、タワケ遊んでばかりいてくさって、よう稼がん者が、と、刺さる事を言う。首をすくめて猛烈が通りすぎるのを待つ。
http://mobile.geocities.co.jp/otsbo

3月5日 月曜日 jabaアプレット

ビルダーのユーザーズ・ガイドはなかなか丁寧でわかりやすく書いてあるが、中味そのものがすぐわかるというものではない。実際に出来なければわかったことにならない。週刊誌を読むようなわけにはいかない。手で機械を実際に動かしてみなければならない。簡単な事が、最初はむずかしい。手探りなので、疲れてしまう。

ジャバなる言葉は知っていたが、必須ではないので敬遠していた。解説を読んでいて、やってみようと簡単なのを選んだ。そしたらすんなり行った。そこで、浮遊写真のリンクに挑戦だ。やっぱりむずかしい。だんだんカッカッしてきた。今日は休みにしてあったので、朝までもごちゃごちゃやった。
見だし写真をまず小さくしなければならない。これがうまくできない。これだけでも数時間かかってしまった。できたら、なあんだと、例によって簡単このうえない。つまり、大きさと重さの両方を小さくしなくてはならない。解説に戻ったら、やっぱり書いてあった。画像の編集で、表示サイズで保存という項目をチエックしておけば、たちどころにできあがる。これがわからないので、先へ進めない。発見した時は、いっぺんに体から毒が抜けていく感じだ。

さて、このプログラムの作成は手間がかかるし、複雑だ。出来上ったので保存してから画面を出したら、見事動きだした。クリックすると、指示したファイルに飛ぶ。こりゃおもしろい。問題はアップしてからだ。案の定、うまくいかない。またいろいろこねてみる。やっぱりうまくいかない。体に毒が回ってくる。さらに、青色申告が待っている。カミさんを怒ってもしょうがないので、がまんがまん。夕方お客から、今日は八時ごろになると電話があってありがたい。頭をしずめるために、ぶらぶら店を見てまわり、こちゃこちゃ喋る。カウンターのひとたちは、変なおじさんだけど、お客さんなので、適当に相手をしてくれる。愛想をつくってくれる。こっちは、夕食準備のための、頭と体のウオーミングアップだ。

3月8日 木曜日 Jabaアプレット (2)

浮遊リンクページには困りに困ったものだが、PCには、だからこそ入れこませはまらせるところがある。
どうにもいきづまったので、まずプロバイダにメイルしたら、CGIやJabaについての質問は受けつけません、とそっけない。で、ものは試にとIBMのサイトを開いてみる。クリックファイルが出てくる出てくる、どこをどうクリックして目的地に進むか、おろおろだ。やがて割合すんなりと、0120を見つける。話中でだめだろうと覚悟して電話すると、すぐ応答があった。意外だ、こうも簡単につながるとは。

なりゆきを説明すると、後藤という若い女性が、物憂そうに説明してくれる。しかし、つぼを得ているので感心する。よく知ってますねえと言うと、プロですから、と。それはそうだが、たいしたものだなあ。会社で猛訓練を受けたのだろうかな。
彼女は、まずサンプルファイルをそのままアップしてみよ、と言う。それがうまく行ったら、サンプルのファイル名をそのま使って、別のところでつくっておいた自分のファイルをその名で上書保存せよと。うーん、ややこしいが仕方がないのかな。やってみてアップすると成功だ。
別に聞きたい事があったので、もう一度電話する。今度は原というひとだ。今度の人は物憂くないけれども、可愛い声にしすぎる感じで落ちつかない。若い女性はなかなかむずかしいので。

さて、次は、話とんで、青色申告だ。こっちがカッカッして、こんなことがわからんのかと責任をなすりつける口調で声を荒げるので、カミさんはやがて後半に反撃してくる。ともかく、なんでもかんでも、これを済まさなくてはならない。だから、荒い言葉の投げ合いも落着くところへ落着かなくてはならない。期限が迫ってくる、追いかけてくる。

さてまた話が飛ぶが、写真ファイルを、十枚でやったので、一枚ふやしてみてどうなるか、とやってみる。やっぱりうまく行かない。浮遊写真リンクは、どうにもこむずかしいプログラムだわいのう。

左下の、地球と雲では、クリックによって、画像ファイルの動きが変ります。また中央の地球は、クリックすると、全画像がいったん中央に消えます。

3月9日 金曜日 Jabaアプレット(3)

ビルダーのじゃばアプレットで、今日もIBMと電話。午前中の亀鶴なる立派な苗字の男性とはさっぱり話が核心に来ない。かといって、彼も仕事なので,ほかの人に代れとも言いにくいので,試してみると言って話を打ちきる。またソースをいじるが、やっぱり不調だ。どうも、これはプログラム自体がおかしいぞ。作動画像は、二十枚でも、もっとでもと説明書きにはあるが、実際は十枚までらしいぞ。

午後、また電話する。今度は前田という女性。話の通りがいい。彼女は一生懸命だ。そこで、次のように言った。「以上、いろいろやってみましたが、どうもうまく行かない。それで、あなたのほうで、十一枚でやってみてほしい。すると彼女は、快諾して、やってみて電話すると言った。三十分もすると電話があった。十一枚目めをやってみる。電話のこっちとあっちで機械に向って同時にやる。つまり同じ手続でやる。さて、結果は? やっぱり不調だ。「地球」の場合の動きはいいのだが、「雲」にすると画面がかたまって動かなくなる。なるほどと彼女は納得する。そこで、僕は次のように言う。「やっぱりだめでしょう。だから、一度製造元などに問いあわせてみてもらいたい。いい方法が見つかったら教えてほしいと。すると、彼女は、ええわかりました。一週間ほどもかかるかもしれないと言う。こりゃ、なんとまあ時間のかかること。まあしかたがない。すると、三十分ほどで電話がある。

これは、ビルダーでは不調で、『デジカメの達人』ではできると。これは画像ソフトで、名は聞いたことがある。いくらだと聞くと、一万円ほどだと。このために一万円はかなわない。すると彼女は、ダウンロードでこれを取り込んでくれと。いいだろう、と彼女の指示でダウンロードの画面まで来る。すると、一万キロ以上だ。こりゃ大変だ。とてもかなわない。こんな長時間はつきあえない。これは、体験版で、有効期間は三十日だと。しかも、フォローはしないと。
それで、じゃ、いいよ、あきらめるよ。十枚までできると思えばいいので、と承諾する。彼女は、けっこうに神経を使って一生懸命だ。それは伝わってくるので、さっとひきさがった。
と、じゃばアプレットで、ここ数日フラフラだ。しかも、青色申告とカミさんの帳簿と複式簿記の思い出しとその教授とで,心臓のぐあいが悪い。心が黒々として不安になる。イヤーな気分になる。

横になって、今後の簿記の段取を思い出していて、めどがついてきた。気分があらたまってきたので、今これを打っている。

3月19日 月曜日 エクセル

ようやく春めいてきました。体が動きだしたがっていることがわかります。老いは寒さが大の苦手です。と、老化を認めるのが僕の主義。

我家の、はじめての決算書を作るのに、なんだかんだ一週間かかった。それから開放されて、数日ぼんやりしている。さらに、数字の結果に愕然。不安になる。とともに心臓が息苦しくなる。そんな時カミさんに話しかける。すると、とろくさくなって、と叱られる。

エクセルのことは、決算書類作成中に頭に浮ばなかった。そこがトロクサイところだが、僕の場合、いつも反応が遅い。作り終わったあと、表類作成に、エクセルがあったなと気づいた。本箱を探すと、参考書が一冊だけあった。大判で、雑誌のような本。九百八十円。
思い出したが、一昨年の十二月に、エクセルをやってみようとこれを選んで買った。すると、数ページで頭が痛くなった。また、表は自分には直接関係がないと放棄した。そして、サイト作成のほうへ進んだ。そんないきさつだ。

合計残高試算表を作るべく、一章、2章まで読み進んだ。おおよそわかった。PCを一年以上も使いつづけてきたおかげだ。
表内合計作業に感嘆。試算表で参ったのは、合計なのだ。電卓で合計を打つ。打つたびに間違って正解から遠ざかるのみ。エクセルなら、正確で迅速だ。こりゃ便利だ、とようやく発見だ。僕には、大発見だ。で、エクセルをやってみることにした。やっぱり苦しい。字がちらつき目が不安定になる。しかもおっくう。だが、この際、ヒマなので粘ってみるとするか。

本の同じところを何度か見ているうち、その言葉に慣れてきて、と共に操作がわかるようになってきた、と共に、興味がわいてきて、やる気が起きてくる。興味とやる気はありがたい。これなくては、独習は出発できないので。

5月23日 水曜日  IТ講習会 エクセル 新型デスクトップ

星雲会館の教育委員会へ行く。IТ講習会についてきくために。
窓口で最初に言われたことは、現在満員になっておりますので、今回はもう受けつけられないと。募集締めきりは二十五日なのに。繁盛ぶりに安心し感心する。
知り合い二人の、出席の日にちを確認する。当日は行ってみよう。一人はまったくの初心者なので、そばに居てやれば安心のはずだ。
プログラムを見せてもらう。一講座二十人。それが六講座あるので、総勢は百二十人だ。六月四日、夜七時半からはじまる。場所は、萩原小学校パソコン教室。

一ヶ月ぶりで、エクセル教室へいってみる。生徒は僕をいれて三人だ。
機械に向う。もう忘れてしまっている。関数のところの勉強だが。繰返しやっていないと、すぐに忘却だ。関数のページを開くのさえ忘れている。途中眠くなる。どうにもならないので外へ出る。カンコーヒーを飲む。

終ってから、かねて約束していたТさんのところへ行く。ちょうど、アユの仕掛を作っていた。小さくて小さくて、僕たちの世界はすぎさったのだと思わさせられる。
用件は、仕掛けのほうではなくて、パソコン。今年初めに出たばかりの最新型のデスクトップだ。画面の大きさと美しさに茫然となる。

夕食準備。一時間半ほどでしあげる。あわてると疲れがひどい。八時すぎには、もう起きていられなくて寝てしまう。
そして、午前四時、目が覚めて、いま機械に向っている。

新議員のIさんより電話がある。旧議員の送別会をやりたいがと。議運でその話が出たと。どうも気がすすまないので、Iさんに代表で出て下さいよと言うと、即座に否定する。日時等が合えばと承諾する。