ダイアリー・エッセー7

◎ 7月6日 血圧
◎ 7月4日 親業――、アメリカ、虐待
◎ 7月2日 100人中98人日本人はなぜ…
◎ 6月29日 ニヒリズム、司馬遼太郎、福田和也
◎ 6月27日 衆議院選挙
◎ 6月26日 独居、定年、老年
◎ 6月24日 法事
◎ 6月23日 オヤアユ 変死? かすり傷
◎ 6月21日 「風と共に去りぬ」、を見ていたら

6月21日 水曜日 「風と共に去りぬ」、を見ていたら

アユと川と、営業の調子が思わしくなく、クサクサして胸が沈んで苦しいので、花池の書店へ出かけてみる。
HPの書棚を見てみると、Front Page Express についての本が新しく入っている。取出して見てみる、解りやすそうな感じ。「ビルダー」を使い慣れてきているので、親しい感じで見られる、こっちの目をはじかない、すっとはいってくる感じ。

カメラの書棚へ行ってみる。デジカメの特集本が数冊ある。しまった、そうか、調べてから買うんだったか。見てみると、平均5万円台。
デジカメは一眼レフが出始めている。べらぼうな値段。どうも写真も新しい時代に突入しているらしい。何やかや大変なことだな。

しかし、自分自身は新しくなっているわけではない。変らない。
いや、いま変っていかなければならない。戦後50年の自分と社会、それら全てに体ごとぶつけて、グサリと肉も血も変えなくてはどうしようもない。本当の、独りでする革命だ。こんなはずではなかった初老の。重苦しくも弱った足腰、内蔵を抱きとめつつ。
戦後50年。高度成長を達成してきた50年。みんなが成功した。上手くやった。

そしていま、国中に、自分に、自分たちに、変なことばかりが続く。予想外の、予定外の事々々が。自分と自分たちの地図にない事どもが。どうにもならない経済地図。へんな倫理地図。落ちていくばかりの。
こんなはずではなかった。なんとかなるはずであった。
しかし、ならない。もうならない事がわかった。かってあった変転時と同じに、自分などは、立直れなくて捨てられて朽ちるだろう。まったく覚悟ができていない。ただただおびえるのみ。

いまさら、神頼みも仏頼みも遅い。かってに過ぎる。「思い」の宗教訓練だって、10年以上の精進がいる。もっともマネーは全てを解決するだろう。
と考えるところが、戦後50年の、民主主義の、高度成長の正嫡にして優等生だ。水ぶくれの、言葉ばっかりの、ヒューマニズムの。理想主義の。自己満足の。自分勝手の一人よがりの。結局は利益とマネーの。

さて『風と共に去りぬ』。帰りぎわ、出口に、新潮文庫100冊としてずらっと並べてある。いかにもカッコいい。手に取らないではすまない。なかで、『風と共に去りぬ』が5冊並べてある。とうとうその『5』を買うことにする。以前、途中まで読んだことがあるので。

寝転んで、懐かしく見ていく。と、起直る。

場面は、アトランタ市民がひそかに叛乱を起し、北軍によって一網打尽にされかかっているところ。それを、バトラー船長が謀略を行使して助ける。売春宿のおかみの、ベルワトリングと組んで。つまり、政治集会だとはウソで、実は紳士たちはワトリングの店へ行っていたと。この芝居は成功する。

ところが、次が意外。
紳士たちは、真底情けないと怒る。そんな芝居をするくらいなら、身の潔白のためにウソを暴露して戦って死ぬと。だが、みんなのためを思ってギリギリと我慢する。ここですね。前なら、そんなものかで進んでしまう。立ち止らない。が、今度はギョッとする。

助かるために芝居をしたのだから、大成功だったのだから、それで拍手じゃないか、と。
これが、戦後民主主義の子たる自分の反応だったのだ。今は違う。
アトランタの老紳士たちには、名が第一なのだ、誇りが。結果よければ全て良しとは、とんでもない、そうはならない、なってはならない。
ここですね。たしかに特に南部は奴隷売買の社会であった。それはそうだが、南部の紳士には誇りと名誉は保持すべき第一のものであったのだ。

彼らが嫌ったバトラーも、実は彼ら以上に、誇りと名誉の南部人であった。この小説の緊張は、誇りと名誉の緊張でもある。

そして、戦後民主主義の日本の紳士たる指導者たちに、どんな誇りと名があるか。ふやけて醜悪な日本。にやけ顔の閣僚たち。利益とマネーに、観念に水ぶくれしている民主主義、理想主義、人道主義。日本のぜんぶのぜんぶが金まみれ。泥まみれ。紳士の顔をして。善人の顔をして。しかし、もやもやしていさぎよさから程遠い。口ばっかり、言葉ばっかり、言論ばっかりの日本。商品のみならず言葉も大安売りの。

6月23日  金曜日オヤアユ 変死 かすり傷

若くして逝った3人の者たち、と題して打つつもりで向いましたが、体が重いので、やめて、ごろり横になりました。うつらうつらしました。原因は思い浮びません。寝る前の、茶碗半分ほどの冷酒など影響がないはずですし。

血圧のせいだろうか。朝ご飯のあと測ったら、上143の下95でした。念のため今もう一度測ったら、132の92でした。これは低い、低すぎます、僕の標準からでは。薬もここしばらく飲んでいないし。

◎ さっきオトリを持ってきました、組合の軽トラで。売れないので、少なくしてくれるかと頼む。どうも彼らも元気がない。それはわかる。この状況じゃ予想以上なのだろう。それにしても、…あるいは、これは解禁の売残りかもしれない。まあ、この際黙っていたが、いつか聞いてみよう。

注文が少なすぎて、トラックで来るまでもなくて、馬瀬のを小分けして来たのかもしれない。
今年のオヤは、非常に丈夫だ。今までに2匹しか死んでいない。これも不思議現象。放流ものに、これがどうしてできなかったのだろう。わからない。

話がちょっと飛びますが、はっきり言わないところは、政府と同じだな。明確にすべきところは、するという習慣が国全体に常識としてあれば、気分にもいい影響があるだろうに。こんな平凡な習慣さえあれば、景気のこじれも、国の方針についても、10年前、20年前にしかるべき手を打つことができたろうに。方針がうやむやの中では、我々力が出てこないじゃないですか。あげくは勝手な空想をするぐらいのもので、ますます、足元をしっかり見て、どっしりと踏みしめることができなくなってしまう。

◎ 以下は変な話。
ある70歳ぐらいの老女が亡くなった。息子夫婦と同居で、別に問題はないうちだった。あまり外に出ない人なのに、数日前外へ出て歩き回りお喋りして回った形跡がある。普段あまりそうしない人だったので、相手は印象が深い。

そしたら次の日亡くなった。心臓マヒか脳卒中だろうということだった。
ところが、警察が薬物の調査に歩いて回っていたので、訊かれた人が自然死じゃないと知った。
自分も年のせいやらで、軽く反応できない、10年前はこんなことにはならなかったのに。みんな、おおっぴらに話さないようだ。そっとしたい。そうでなくても我々の年代のものは、胸が弱っているので。

◎ たった今びっくりさせられたこと。
私の姉が来て、のり子ママと話しているなと気づいてはいた。
姉は、すぐそばの空地で自動車に接触して倒れ、近所のドライバーの女の子も親もびっくりして下呂病院まで救急車で行った。さいわい倒れた時の擦傷だけ。今、行ってみたらけろっとしていたので、笑い話ですんだ。人騒がせな。
まあ、笑い話ですんでよかったが、もうちょっとタイミングが悪ければ、大騒動になっていたかもしれぬ。

自分はなんにも知らず、その頃昼寝していたわけです。
彼女の亭主と呆れて笑って喋ってきたところです。
小さい子供と同じです。ドライバーは、用心用心。路上、何があるか、起きるかわかりません。

 6月24日 土曜日 法事 お経 本願寺

11時に、隣りの大前さんのうちで、つゑさんの一周忌がありました。主は、84歳。しっかりしておられます。感心します。頭も常識も立派です。グニャッともキリキリともしておられない。心ねがゆったりとしてゆたかです。もと警察署長。高度成長期の悪いカスは見当りません。

妙覚寺のお坊さんが例によって来まして、東本願寺のお経をあげました。経本を手渡されたので、理解してみようとあちこちページをめくってみました。雰囲気として何かが伝わってきました。
しかし、これらの言葉に表されている世界は、遠い昔の別世界のものという感じです。
感心するのは、よくぞ、そんな昔の言葉がまだ堂々と実際にこうした場で読まれているということですね。

いちばんに思ったのは、これは武士の言葉じゃないなということ。となれば、これは貴族近辺の言葉でしょう。本願寺宗派は、だから、貴族と庶民が結びついて出来上ったものと言えましょうか。これらのお経の言葉には、庶民の切羽詰った生活感がありませんです。

ひたすら、この世ならぬある絶対の世界、絶対の、思い、の世界が、繰返し女性っぽく表現されています。このなよなよとした女性っぽさに、これらの言葉の発祥は、武士でも庶民でもないなと直感されました。
みやびやかに観念されている世界。

中国の元のお経はどんな感じでしょう。みやびやかなんてものではないでしょう。

これほどに生身の現実を切捨てて優美な空想にあくがれ出でる世界は、平安貴族文化の、まさに延長ですね。
ですから、あるいは武士階級には、あるいは明治以後の人々には、特殊な念仏道の人以外には、老人たち以外には、なかなか受けいられなかったでしょう。

なのに、法事でも葬式でも、これら訳のわからないお経が、念仏宗、禅宗を問わず、堂々と読まれつづけている。風俗、習俗、習慣として。
それを拒否してなにか別の行動に出ることが不安なので。これといって理由はない、ただ不安なので、だからとりたてて変った行動はしないほうがいいということで。

貴族ふうというか、女性ふうというか、そうした世界が日本の土台として、土としてあるんだな、とつくづく思わされます。私の文の調子も、ついなよっぽくなってきますね。

お昼に、「大和」へ行ってご馳走になりました。なかなか、丁寧につくってありましたね。営業との兼合いで、その工夫ぶりが伝わってきます。和尚さんの隣りの席でした。彼とは、年が近くてガキの頃の思い出があるので、懐かしく親しく話しました。なかなかけっこうでした。ただし、障りがあるので、難しい話はなにもしませんでしたが。

6月26日 独居 定年 老年

一昨日の法事の際、がんばって飲み過ぎ(ビール2本)たらしくて、その日のうちはずっと酔っていて、次の日からぐったりしてしまった。情けない体。体がこうもぐったりしてしまっては、頭に影響がないはずがない。

なにかまぎれるものがあればいいのだが、またまた困ったことに、引きこもっていたい。ちょっとした鬱状態ですね。こんな時は、ちょっと気に入る会話などができれば、気に入っている人に会って喋ったりできれば、気分が軽くなるんだけれど。
また、仕事に追いまくられたりすれば、忘れることができるし、懐の不安もちょっと軽くなるのだけれどもね。

逆に、気に入らない会話などを、グッと我慢していると、これがこたえる。これも老化ですな。若い頃は、十年前なら、気に入らない会話でも平気だった。そんなこと当然のことだったのに、今は、これがなかなか苦しくて、しかも悪いほうに相乗作用する。

まあ、こんな時だったので、選挙報道が悪いほうに作用しました。どうにも暗い気分がつのるので、心臓が苦しくなったので、外に出て歩きました。懸命に歩く。30分ほども。すると、もやもやが段々消えていきますね。いちばんの療法です。効きます。それで効かなくなったらどうかって?
そういう時は、南無阿弥陀仏が効くはずなのだが、普段付合いがないのでそうは上手く行かない。結局マネーがいちばん効くだろうな。

だいぶ前、『断腸亭日乗』をちょっと読んでみたことがあった。口語ではなく文語で書かれている。そのことがすでに、現代の日常への激しい拒否の現れだ。反骨気骨がずっと文脈に流れている。ある種爽快感さえある。日常の嫌悪や批判に満ち満ちている日記なのに、それを丸ごと公平に見つめている修練された目があって、読み進むことはできる。
自分中心という生き方をつらぬいて、日本がどうなろうとかまわない、気に入らない。家族関係にまでこれをやり通す。

そんな作者荷風が、たまに、一人居ることの弱音をふっと吐いている。でも、また気をとりなおして自分の姿勢を続ける。

隣の法事の主催者たる人は、荷風より長生きして30年ほども一人で居る。
荷風のように狷介孤高ではない。狷介孤高は、カッコいいけれども、底が浅いと単なる趣味となり、人に訴えかけるほどのものではなくなる。
彼はその反対で、周囲とも合わせつつ一人生きる姿勢をつらぬいている。けっこうな年金が入るので自分の思いどおりの生活ができる。少し書類作りの仕事もしている。

こちらで詩吟を始めて、その先生の資格を取って、週に三回会を開いて教えている。もともとそういう心がけの人だと思いますが、穏かに柔かい精神をずっと保持していられる。定年後の人生の、模範のような人物。狷介ぎみの老人が多い中にあって、例外のほうでしょう。

断腸亭の主の生き方は、勇猛にして果敢と言えましょうが、これは真似のできることではない。作者としての、営業上の姿勢だとも言える。

一周忌の当の女性つゑさんは、90代の半ばまで生きた。この女性は、間近に見てきたけれども、同様に感心しました。悠然ゆったり生きていた。こせつかない。こういう性分が長生きには大切でしょう。
ただし、重大な短所は、人と進んで交わって何事かをやろうとはしないことですね。まあこう言っちゃちょっと失礼に当るが、ただ生きておるだけ、生き長らえてきただけ、という様子。

老人に対する対し方は、何はともあれ長生きしてください、というのが政府を始めとして対処の基準になっています。ただ長生きを推奨するんじゃいけない。かといって、ああせよこうせよとやっては当人に苦痛でしょう。
彼女は迷惑をかけないように心がけて、精一杯生きました。そのことが生きる目的になっていたのでしょう。

彼女の子供にあたる主のほうは違います。社会性そのもので、だから模範なのです。社会性といっても、別に教をたれたりする必要はない。人と交わるべき時は交わって、ただ相手を陽気にしたり気分よくしたりと、なんでもいいから何事かをひそかにでも相手に対して、事に対して、働きかけたら、それで十分なのです。

老年になって権力を持出したら寒々しい、金力を見せびらかしても。伸びやかに豊におおらかに人事万物と交流ができたら、最高ですね。
彼は、模範です。定年後に、磨きをかけるべく精進を重ねて今日があります。成長経済が破っていった古い日本の常識を自分に取戻そうとする精進。
仕事による限定のなか、そこに我を忘れることにラクしている人にも、無理にも忘れようと縛っている人にも、なにごとか子供っぽい遊び心が、老後の幸せの土台になってくれると思うのですが。

6月27日 火曜日 小雨 衆議院選挙

日曜日からずっと体調が悪くて、ほとんど臥せっている。衆議院選挙の報道画面には疲れました。以前はショウを見るようにして楽しんで見ていたものですが、今回は違う。重たい体調と頭のせいばかりではない。

20年前に生活が一変して以来、ずっと自身がショウをやっているように生きてきた。世間の流れと風潮に乗って生きてきた。善悪はともかく、そうしようと決意して実行してきた。その結論として今がある。それはなんだったかというと、マネーに追われて働き続ける日々。自転車操業のように。売上に一喜し一憂する。だが、若くて体がまだ参っていないので、けっこうそれを楽しんで生きてこられた。

あたふたと忙しくてかつ不安な1年1年だった。
そして、今、その画面上のショウが虚しい。こんなことは初めて。当選者のはしゃぎも虚しく映る。党首などもみな虚しい。ひとり小泉議員が不気味ににやりとして冷静で無理がない。虚しいところを生きるしかしようがないじゃないかと。ウソがなさそうで安心できる。

みなさん、話がウソっぽい。虚勢をつくっている。だから、虚しいのです。ということは、あたふたと忙しかった日本が、一体なんだったかと考えさせられる。共産党が元気ない。公明党も。保守党に至っては、その保身とずるさが、戦後日本の全てを象徴しているようで、やりきれない。

他の党は言うまでもなく、共産党までも、高度成長におんぶしてきたのだ。と今わかる。ぜんぶがぜんぶ、戦後民主主義の成長経済に乗ってきて、そして浮かれてきた。だから、浮れの後、ただがくぜんとする。虚しさのみが不気味に横たわって我々を待つ。それが、画面上に映し出されているじゃないか。全党が、全員がバンザイ放棄しているじゃないか。無責任ななんとかなるさ根性がここにはっきり大破綻しているじゃないか。

なんと不思議な国なのだろう。なんとかなるさ、後はお任せ、なんとかしてくれるだろう、先のことはわからぬがなんとかしてくれるだろうと。誰に任せたのだ。アメリカ?

自分も最小の事業をやってみて、これは、やりだしたら止らない、止められない、止めてはいけない。あたふたと操業するのみ。そして、国は、それを煽ってきたのだ、結局全党までもが。暮しがよくなる日々、それに売上が伸びる、が日本の全て、全てと言ったら全てとなった。日本には、ちゃんと文化があり、その精神があり、哲学があった。当然だ。それら全てが、成長経済の前で踏みにじられ、つまらぬものとされてきたのである。経済オールマイティ。

またしても、大政翼賛じゃないか。今度は強制ではないから、わかりにくいけれども、全党全国民を巻きこんできた。経済に。拡大し続けるという経済に。そして今、ひどく虚しい。党首たちのむなしい顔顔顔。党利のために、自己保身のために、日本を利用し尽くして、そして今茫然としている。そして、なんとかしてくれよと神風を待っている。
こんなバカな国とは、指導者たちとは。僕にはそれが虚しい。日本はけっこうな国だと教えられたし、そうだと信じてきたので。戦後民主主義の理念に間違いはないはずだったので。日本そのものが、僕の宗教だったので。

さて,岐阜県の合格者は,自民党6人公明党1人です。岐阜県は前から保守王国と呼ばれてきています。その通りの結果です。公共投資と景気回復を願う気持が表れています。しかし,実際は,予算は少なくなっていくはずで、全国の地方と同じ運命にあります。これが現実。
ここでも,昔は戻らないとの苦しい覚悟を県民ぜんぶで受け入れてその態勢をつくることが肝心と考えます。楽しかった日々は終って、そのままの姿は戻らないのですから。私たちなど,まず弱小の関連事業者が直撃されますけど。

6月29日 ニヒリズム、司馬、福田、

きのうから雨が降り続いている。梅雨。まだ川を見に行っていないが、増えてはいても、減っていることはない。
体調が悪くて、元気が出ないので困ります。軽く明るく打てません。体に気分が引張られてしまいます。いつものことなのですが、いやな気分です。体が弱っていくということは、こたえます。自分で自分のことが思うようにやれないので。若いときにはこれは想像外でした。自分の経験を中心において判断しますから。人を、だいたい自分の延長上で判断するとしたものですから。

うつらうつら寝ながら思い浮んだ、このページ上でテーマにしてみようとした項目の概略を打ってみます。

◎ 沢木興道さんのことについて。以前続きをやるつもりでそのままになっている。続きではなくあらためて書きとめておきたいので。この人との因縁を。

◎ 司馬さんが力をこめて批判していた、戦前の軍部のムチャぶりについて。
まあこんなことは、明日の暮しに青ざめている者に、なんのプラスになるわけでもないが、一生懸命読んで説得されていた時があったので。
このことは、僕の手に余ることはむろんだが、直感として、ニヒリズムという日本の土台に関っているので。司馬さん自身の土台にニヒリズムがあるので。この地味な課題の始末が、日本の将来の根底だと今は確信するので。

そう思えたのは、福田和也のハルキ文庫の一冊で、保田與重郎のことについてちょっと触れているのを目にした時でした。この人については、名前はちょいちょい目にしていたけれども、直接読んでみたことはない。彼の本を、本屋で見たこともない。

福田の文の調子と、彼に引用されている保田自身の文の調子から、なぜ福田が保田について書いて本にしたかに、ピンとくるものがあったからです。
それがニヒリズム。本人がそのことについてそれぞれどう言っているかは知らないけれども、虚無の克服が根本テーマだったに違いないと。戦争云々以前のものとしてその克服へがあったのだと。

軍人にもそれがあった。
だから不合理でバカらしい作戦が遂行され続けた。善悪はともかく、彼らが、経済合理性のごとくに戦争合理性を目的としていたわけではなかったので。
これは戦後も続いてきていたのだった。左翼理論とその運動は、いかにも合理性の表情を前面に見せていたけれども、その実は、土台から浮遊した理想、夢、ロマン、だった。つまり、ニヒリズムからの脱出。

項目の概略でなくなってきました、すみません。

維新前までの日本は、立派な集団でした。島国でした。ニヒリズムの国ではあっても、別に反省も批判もする必要のない洗練された文化を持つ民族集団でした。

それがにわかにおかしくなったのは、いやな爆弾を抱えこむようになったのは、先進西洋をとりいれて追いつき追い越せにしゃにむになってからですね。その傷が、軍部の奇妙な作戦と戦いぶりとなって現れたのでした。
それが、戦後も、戦後民主主義という理想の現実化の過程で、やっぱり露見してきた。

戦後に、コロッとよくなるようなわけがないじゃないですか。なのに、そう思いこんでしまう。ニヒリズムという病菌は、日本に深く潜行していて変わりない。しかも、この病気の究明と治療については、僕はその発表を知らない。司馬さんも、それについては言っていない。彼は、自由な合理性の追究と実現ということで戦後の経済の活発に力を与えてきたけれども、ニヒリズムそのものには、目を伏せてきた。その代り、合理的とされる主に経済行動的なものに夢中になるよう示唆してきた。小説を書いてきた。

彼は、ここ10年の予想もしなかった戦後日本の破綻ぶりに、狼狽していた。こんなはずではなかったと。

ニヒリズムと現実の日常行動活動とは、二つで一つのものです。表裏一体。
日本は、そのマイナス面に目を伏せるようにして、プラスの面に、カッコいい面にばかり目を向けてきましたね。ニヒリズムなんてものは、実に厄介ないやな虫ですからね。

福田さんの本には感心してありがたく読ませてもらいました。だが、どうも、彼も、ニヒリズムそのものとはまともに格闘していないようだ。やっぱり、プラスの、行動の、明るい面で日本を克服させようとしているようだな。この点で、彼と保田が結ばれています。彼らが飛立とうとした日本の根本病気について、にごにごと向い合うことから脱出せんとして。脱出を急いで。

すみません、項目の概略予定がどうにかなりまして。

7月2日 100人中98人

8時に最初のオヤ買い。近所の若者。あとは家内に任せて、午前中、横になってうつらうつらしながら、福田和也の文庫本を取出して見る。目が覚めたらお昼。囲碁番組を見る。マイケル・レドモンドの中級講座はクールでよい。聴視者におもねらないのがよい。言葉その他に無用の飾りがないのがよい。すっきりとして頭にはいって来やすい。石田芳夫と酒井という若手の対局を、例によって出だしだけ見て、また眠ってしまう。この番組はいつも眠り薬。

『なぜ日本人はかくも幼稚になったのか』、真中あたりから、また読み始める。すっすっと頭にはいってくる。これは、内容は激しくも挑戦的だが、文そのものは上等上質。引き込まれる。起き上がる。座り直す。前よりも、今のほうがビシビシはいってくる感じ。

文章がいいから、その内容がこっちにすっと入ってくる。これが雑な文なら、到底読めない。なあんだとバカにするぐらいのもの。やっぱり右傾向はその程度かと、待構えてそう決めて終ってしまう。
この文章は、右も左も関係がない、ただただ上等。つまり読んでいていやにならないどころか、気持がいい、痛快、爽快。

ところが、終りに、次のように著者が言っているのにはぎょっとしました。前のとき、これは頭にまったく残らなかったのに。
――わたしの議論は万人に受け入れられるものではありません。
おそらく、100人いらっしゃれば、98人か99人の人々が拒否反応を示されると思います。――

この数字は、割引くとしても、いやですね。どうなんでしょう、この数字は、どんなものなんでしょう、やっぱり当っているのだろうか。
僕は、これでも、特に営業を始めてからは、近所には好かれるように精一杯努力してきたつもりでいます。自分が出来そこないの、わがままの、10人好きのする者でないことは知っていたので、これを打開するべく営業を始めたと言ってもいいくらいです、しかもカラオケまでも懸命にやって人と交わろうとしてきた。むろん営業がうまく行かなければ収入が閉ざされてしまう。家族もあるし。

ですから、この数字はこたえます。人口1万人のこの町では、郡では、この本を読む人はどのくらいあったのだろうか、100人はいないですね。10人はいたろうか。すると、僕は、まったく変り者で受容れられない人間になってしまうじゃありませんか。宗教結社のようなファンの集りへ行くしかないのだろうか。福田和也教に。

しかし、この本は、僕にはしごくまともで、異常なものではありません。なんども言いますが、文がいいです。上品です。また、べつに実際に乱を起すべく教唆しているわけではない。面白く楽しくも刺激に満ちぴんと張りきった好読物です。

じゃこう言いましょうか。いわゆる右翼を名乗る者たちに、この人の名前とこの本を挙げて、意見を聞いて見てください。その返答次第で、ニセモノとホンモノがはっきりするでしょう。

それにしても、100人中の2人とは、心中おだやかでありません。なぜ、自分はこうなのか、自分で自分がわかりません。
読書という点だけ見れば、晩年十年の司馬さんのエッセイは面白くて熱心に読むことができました。また、学生の頃、左翼が元気で、これにあらずんば人にあらずというほどのとき、僕は、後ろめたかったが、小林秀雄のものが、わかりにくくても非常に面白かったですね。これらが、関係しているかもしれない。

彼は、へりくだり過ぎているんじゃないかな。しかし、僕も、そう言えば、彼ほどに鋭く深くなくても、だいたいの線でそうした会話ができる友達はほとんどゼロだった。その点では孤独だった。今でもそうだな。慣れてしまっているけれども。だからかな、彼のエッセイは嬉しくも面白かった、すっと無理なく解った、やっと友達を見つけた感じだ。本と文字による友達、先生。

彼は、自分を、もののふ(武士)として決意していますね。突然で、びっくりします。なんのことか、はじめ解りませんが、彼の本と言葉に親しむうちに、彼の悲願と決意が伝わってくるようになります。
この町には、400年ほど前、出城のような、別荘のような城がありました。2つ。金森氏あるいは三木氏のものと斎藤氏のもの。それらはやがて取壊されて、徳川期には城はありません。したがって武士はいません。百姓ばかりです。

それが現在に続く。だから、武士の思い出などは、町にも僕にもない。もっとも、彼は、日本そのものが、戦後、百姓の国になってしまったと規定している。しっかりと決めて、責任はちゃんと取ることのできる国ではなくなった、もやもやの無責任の国。武士と武士の精神が壊滅した国として。
お百姓さんには、ぴしっと物事を取決めたり指導したりという伝統はなかったのですから、武士の精神が消えてしまったら、国といわず右往左往の混乱ばかりになって当然です。経済が上昇中は七難を隠したけれども、下降に転じて以来、狼狽につぐ狼狽は当然だったわけです。

7月4日 火曜日 親業――、アメリカ、親子虐待

ちょうど寝る前、この番組のほんの最後を見た。だいたい想像できたので、入力してみます。それに、ここ2、3回国家だとか選挙だとか、大きな話が続いたので。

親業とは、親が受ける授業の意味です。親子関係についての親の再授業。親の年齢は40前後。
これを斡旋あるいは命じているのは、児童裁判所というものらしい。日本じゃこれは聞いたことがない。アメリカという国は、競争も露骨だが、反面こんなバックアップをやっているわけです。まあ、すごい、激しい国です。
日本の場合、アメリカよりしめっぽい感じの虐待になるかなと思われますが。どうでしょう。

親がする、言葉と腕力による子への暴力は、その親自身が子供のとき親から同様の仕打をされているケースが多い、というのが彼らの授業の、基本の立場だ。実際そういうケースが多いのだろう。虐待を学習していたので虐待をする。むろんこの逆もちゃんとある。されたから、それが辛かったからしないんだと。

虐待のいちばんの原因は、過激な競争社会にある。強いものが勝ち残る。それが、少し弱い者に、神経のぴりぴりを与える。ゆったりと伸びやかな競争社会なら、神経はキリキリしない。社会のひずみは、親がちゃんと受止め子供にはこれをナマに反応しないだろう。子を守り育てるものとしての親の義務を果して行くだろう。

その親は、イライラがつのったとき、親からされた虐待いじめを思い出して、すっとやってしまう。やりたくてやってしまう感じだ。
親からそういう仕打を受けていない親なら、虐待をしようとする瞬間に、ふっと、これはしてはいけないと自分を取戻すことができる。一瞬の反省の中、子を育てていく者としての親の自覚に戻ることができる。

ここの違いです。一方は、虐待の記憶があるので、やってしまう。やりたくてやってしまう感じだ。子供のことよりも、衝動に従う満足を選んでしまう。

アメリカは、自国のシステムと強さに誇りを持っている。だから、その弱点にも、国として責任をはっきりと負うのである。個人のせいだとほかりっぱなしにしない。日本なら、自分で自分の始末をしろと言うだろう。これはアメリカが言いそうなのに、逆に、裁判所まで出てきて、親子の虐待関係を辛抱強く金をかけて修復して行く。
自国の負の面を手当する。下から直そうとする。

アメリカを真似したって、こういうことはうまく行かない。経済のシステムなら真似られるだろうが、人と人との関係という大地に根ざしたことは、真似たってかえって害になるだろう。個人主義や自由主義を浅く下手に真似した結果が、今の日本のほころびにつながっている。
いや、これは訂正。こういう大システムに関らないことは、取り入れることができるんじゃないか。親子の恐い問題をほかっとかずに、おせっかいだが、しかるべき機関が関与干渉して、一つのシステムとして対するのがいい。あるいは日本では、恥として問題を表に出さないのかな。アメリカでは、開けっぴろげにして、みんな一つ考えてくれよ、とまっすぐに社会に向って行く。なんにも悪びれずに。

アメリカは、その激越な競争社会ゆえの傷に対して、ちゃんとバックアップする。アメリカは資本主義を真似したわけではない。一歩一歩創っていった。

すでに洗練された文化を持っていた日本は、維新以後、器用にこれを取りこんで急速に力をつけた。敗戦後もまた走出した。いずれも、やっぱり真似なのだ。どっか重大なものが欠けていた。いる。
日本では、社会が破綻停滞すると、まともにニヒリズムが現れてしまう。これこそが、急ぎ過ぎのツケですかね。

7月6日 木曜日 血圧

いま夜中の3時半。3時に胸苦しくて目が覚める。どうも血圧らしい。眠れないので、本を見ていると、トイレに起きてきた家内が、戸を開けて、こんなとき起きてちゃいかんじゃないかなどなど、が―がーののしって去る。するとよけい苦しくなる。こういう血圧状態の時は、対応能力が低下してしまう。で、インウツになるのみ。

これは血圧のせいだからと言い聞かせてじっとしているが、苦しさは続くので、起きて出て降下剤を飲み、さらに気分を分散させるために、いま打っている。
測ると、やはり上が175ある。独特の苦しさがある。体力の落下は、それにつられて判断力などの低下をもたらし、辛いことであります。自分で自分が思うようにならないのですから。じっと耐えるのみですから。

老年になることは、ですから、しんどいことです。老年には、安定ということがいちばんのクスリですね。体力が円満でないので、事に対する対応力が弱ってしまっているので。的確な対応力が落ちていっているので。

自分でできる予防は、血圧を安定させるようにすること。生活のバランスを崩さないよう用心すること。バランスを崩すと、とたんに血圧に反応する。ここ5日ほどは、クスリを飲まなくても数値は安定していた。

家内は、血糖値が高く、これまたクスリを毎日飲んで低くしようとしている。血圧は、逆に低めです。彼女も、対応に円満を欠くのは、そのせいもあるでしょう。ですから、体力人格に円満を欠く二人が、さらに年を重ねて老年にはいっていっているので、なかなか事は大変なわけです。

二人ともまだ頑張る気力だけは旺盛なので、チグハグになります、10年若かった頃が頭にあるので。全てがいまチグハグしてギクシャクします。あきらめてお任せの心境にはまだ遠いですし、かといって、サラリーマンではないので、経営が追いかけてきます。家業をなんとかしていかなければならないので。

同じ境遇にある人たちや、若い人たちに、今ある老年期のいろいろをも理解を求めて打出してみています。
無用の虚勢を張らず、冷静に自分と自分の回りを、いたわり合う気持で事に筋道を立て、整理しつつ話合うことが大切ですね。ついこのあいだまでのように、この社会を、戦い競って生きて行くという姿勢は、もう違うものにしていかなくてはならないです。なによりも、体力が伴わないので。

血圧の不安定による心の不安定、心の不安定による血圧の不安定、こんなことは、ここ数年のことです。そして、老年の体力気力感覚動揺などなどについて、ようやく、面と向って慣れ親しみ対応していこうと向直り始めているところです。
この際、大切なことは、相手をやっつけ合わないことですね。やっつけてみたり、非難罵倒してみたところで、この年になってどうにもならない。かえってイラつきあうだけでなにもならない。優しくし合う習慣をつける事が大切なんだが。

昔なら、私らなどは、人生50年で、くたばってどうにかなっていたはずだ。みんなは、クスリも何もなくて、ほかりっぱなしにされて、頑張リ、やがて諦めて、ぽきっと逝ってしまったはずだ。今はそんなわけに行かない。みんなは、粘ってみなくてはならない。周りも、粘らせるようにしてくる。死ぬまで生きなければならないのは同じだが。みんな、昔のようにあっさりとはいかない。

ここまで打ってきていると、気持を、画面と入力に集中させることができたので、今は、さっきのひどい不快感は遠のいている。数値は変らず高いが、気分の乱れはとれている、乱れては打てないので。

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