見性院
誰のことだろうか。この人こそ、「山内一豊の妻」と騒がれる人です。
実は、名前も分っていません。この方を、もっとも追い求められた方がいます。山内家18代当主の山内豊秋さんでした。(下へ、つづく ↓)
(↑上より) 山内豊秋さんは、郡上八幡説を耳にされ、郡上八幡の川上与三吉宅へみえました。この年4月までに、「一豊公紀」「忠義公紀」(二編)を刊行されており、この3冊をお贈りくださいました。今、息子の朝史が活用しています。
写真は「一豊の妻会報」。右端が山内豊秋さん、中央は父・川上与三吉、左は土佐藩家老の子孫の森一康さん。(撮影:川上朝史)
1981(昭和56)年7月7日:川上宅2階にて