ご苦労さん会一言集(2004年9月3日:八幡で最も古い老舗の宿で)

二村吉一さん(前明宝村村議)  昭和54年(1979)より6期勤めました。私・F・O・Nの4人が今も。2400人の村で箕輪さん278票取ったことも。一点突破で壁が抜けた。が、今回の町村合併で気が抜けた感じ。改憲の動きなど見ると落ち込む。

福手章さん(前美並村村議) 昭和50年(1975)に初めての選挙で10票差で落選。続いて補欠選挙。3回目に初当選し9回の選挙をしました。今回、河合潔議員の699票が二人の票。浮わついた力から今回、正真正銘の力が出てきて、うれしい。

服部政子さん(前八幡町議) (急に指名で)。今は子育て支援を頑張って行きたい。

川上朝史(前八幡町議) 1年4ヶ月の短い議員期間、反省するところばかり。今,NHK大河ドラマに「山内一豊の妻」が決まり、そのほうで(ただ今、山内一豊夫人顕彰会会長)忙しい。市も対策会議を開く。経済効果100億円などといって頑張るよう言われています。

畑佐良治さん(元八幡町議) 眼も悪くなりメガネを2階級特進させてもらってきました。4年後の市議選に頑張ります。役場で聞いたことは確かめていく必要.あり。障害年金がもらえないと思っていた人がもらえるように。

野田龍雄さん(前八幡町議) 力及ばず申し訳ありません。いろんな問題あり、街の生の声を届けてほしい。平和宣言の署名も幅広い人からもらっている。

河合潔さん(郡上市議会議員) 市議会の様子。大和の4名は一般質問無かった。1時間の質問時間を確保と山口議員も主張。武藤忠樹議員は反対。

Sさん(労働者) 病気で治療受けつつ働いている。

Hさん(中年労働者) 高鷲で自然破壊すすむ。

Iさん(元教員) 父と弟と自分の3人で朝鮮より引上げてきた。朝鮮では何もなかったが、日本では、引揚者と分かるためどこも泊めてくれなかった。ひどいと思った。

Tさん(元教員) 子供の頃、一生懸命走っても100メートルが36秒だった。運動会もいやだった。金槌は木の部分があるがペンチだ。大学へ行き自信もついた。若者に年金の話しても関心が得られない。将来が良くなるよという話を。若い人はよさこいソーランなど組織を求めている。

Y子さん(自営業主婦) 若い人に理解してもらえる会に。民商は今、頑張っている。憲法9条の会を郡上で作りたい。

T子さん(15歳で就職) 60年安保の頃。高垣・畑中氏が。19歳初めて選挙が。鈴木市蔵、郡上で244票。多いと思った。今は隔世の感。

別のHさん(労働者) 年収×00万ないと家族養えない。昔の活動家に叔父が。今日の会費3000円、世間とずれている。

Mさん(労働者) 43キロメートル離れたI市へ通っている。人材派遣会社では、中退した人などいろんな人がいる。今、小さい子を集めて思いっきり遊ばせている。大きな思い出となって、将来、帰って来ないかと。

Sさん(会社経営) 経営にコンサルタント招き講演会などしています。

H子さん(主婦) 給料10万円以下の会社で、働いている。8時から5時まで。退職金は1年で1万円増えるだけ。自営業の人などいる。

M子さん(自営業) 帰ってきた娘のため親子三代、頑張りたい。(みんなが激励の拍手)

K子さん(元教員) 母が戦災未亡人。先生がメーデーで旗振る。大学でも、そんな環境で育った。

Wさん(元教員) ここにいる人達は宝物。大事に、大事に。

E子さん(主婦) 病気だった主人も大分回復。切抜きなどしています。

別のK子さん(主婦) 自転車で中野まで集金。署名集めに向い町まで。娘も勧めたりしないのに活動に。


 ※ 一番よく喋ったOさん(自営業)は今回はカット。メモが取れてない、不思議。御免してください。