後日、2007年(平成17)「郡上八幡町史・史料編七(補遺)」に講演全文が掲載されました。
画期的なことです(462頁〜479頁)。野田龍雄さんが原稿責任者です。
同書には、外にも多くの可児義雄関係文書が収録されています!(川上)

 郡上が生んだ「農民の父」と慕われる   可児義雄写真記事リンク集へ
   労農運動の先覚者「可児義雄の一生」
  講師:元岐阜県議 片桐義之氏   主催:郡上一揆の会
     2004年10月16日(土)2時 郡上市総合文化センター
 1時間半にわたり、熱っぽくお話される片桐義之さん。
 岐阜県の人としか判らなかった可児義雄が、郡上の福常寺(八幡町那比)の出身と判り訪問して確認されたときの場面では思わず涙ぐまれました。
 いろんな争議を指導し、結核で41歳で亡くなったあとも多くの人々が碑を立て今においてもその顕彰をしていることに、まず驚かされます。しかも、遠く離れた秋田県の地においてであり、それを知らなかった岐阜や郡上でも、やっとその名が伝わり始めました。
 65名もの参加者で、資料を追加コピーし、補助いすを出すなど嬉しい悲鳴を上げました。