郡上八幡「町家千代」歴史講座第3回「岸剣神社の歴史」
=2020(令和2)庚子年8月24日(月)参加者7名で=

     序
岸劔宮の縁起由来の古文書は古来宮の社務所・神官清水

氏・別当職仲上善六家に保存せられたるも、実ニ幽玄神秘ニして且

文字文章の難解と共ニ広く氏子信者ニ読解せられず其真実相

を悉智締得せざる邪説異論の為め広大無辺の神域を汚すおそれな

しとせず、予深く是を憂慮し不敏浅学を省ず右参所の古文書を拝

借し現世の若人ニも解り易く簡略ニ要約謹書し八幡町名主

及び中坪村庄屋ニ贈り産土神の尊厳と宮の由来とを氏子一同

ニ熟知せしめ神明の霊域信心とを深めんと願ふ所以而已矣

  文政八乙酉年五月 松月庵小川休和識

 
岸劔宮略縁起

岸劔宮の開基奉祀ハ泰澄大師なり、大師は約一千百年前

越の麻布三神安角の二男として出生せられしも本地は観自在菩薩

の化身ニして不可思議神々の神通力の具足せられて一切世間出世

間道の化導せられたり、元正天皇の御代疫病満天下ニ流行し

薬石効なく死する者無数なり、天皇乃ち詔して大師を招致し祈

祷を修せしめ給ふ、大師上京宮中ニて(※)三蜜加持を勤修し給ふニ

悪疫数日ニして平癒終息す、叡感不斜して持旨を以て神融大和

尚国家鎮護大法師泰澄大師の尊称を授け国体護持の大禅師ニ

勅命あり、更ニ宝剣を授け「此恩賜劔ハ後世劔宮の御神体なり」

農耕の神の存す雪嶺大白山の開山を勅命あり、大師ハ勅を拝奉し郡

上の里ニ来り、栗巣口ニ入らんとし給ふニ奸鬼魔王千百の眷族を従て

要路ニ屯して妨害し北上する事能ハず、即ち気良郷を北上し第一の

高峰烏帽子嶽ニ登頂し、三七日間不動三昧ニ入り心身動ぜず

祈願ありけるニ満願の未明ニ不動明王三十二相八十種好の妙色

身を現じ我汝を守護し願望必ず成就せしめんと、神秘の七種

の呪文陀羅尼を授け給ふ、かくて其威神力に依る悪魔妖鬼を雲散霧

消せしめ前人未踏ノ白山を切り開き頂上ニ三社及び全国を巡錫

して五千四十八ケ寺を建立せられたり、かくて出世の本懐成満し

入定の前年齢八十五才にして再び烏帽子ニ登頂恩賜の宝剣を御

神体とし諸願成就の宮居を創祀建立せられたり、時ニ天人天女

舞い下り協力せりと伝ふ、末代悪世の凡夫何人と雖も願望ある時

国難に遭遇せる時拝礼恭敬し信仰供養せん者ハ如意ニ諸願

成就せしめんと告げられしと伝ふ、これより約二百年後嶽下巣河ニ

鈴木五平と云ふ篤信の者住いけるが、或時齢三百才位と覚しき項ニ

円光を放つ老僧現れ、五平ニ白されけるハ、我ハ神融なり此宝剣を二

間手の里ニ祀るべしと告げ給ふ、五平謹み里人の協力を得て神殿を

造営せり、霊験愈顕かニして遠近の尊崇篤し、鳥居の宮ハ乃ち

此宮居なり、安徳天皇治承二年気良の村ハ旱天ニて民百姓難渋

す、即ち前例ニ従ひ御幸岩ニ御神体ノ御出を仰き大般若波羅蜜多

教を転読するニ忽ち大雨あり万人歓喜の内ニ神体は流失せり「

此岩ハ神流岩とて宮跡と共ニ現存せり」此時宮中ニ清浄微妙なる大

音声あり、我今宿世の因縁ニ依り吉田川・小駄良川の合流する所ニ遷

宮せんとす、汝等を見捨つるにあらず 万品万生に親近し群生億兆

を功徳利益せんが為なり、尚烏帽子嶽ニは尊き権現鎮座せり、今や

因縁熟す、巣河の地ニ迎へて祀るべし、我と同等の功徳利益あるべし

と告げ給ふ、今の巣河の宮は其宮なると伝ふ、吉田・小駄良両川の

合流する所ニ仲上善六と云ふ旧家あり、出水の夜世にも類なき三十二相

八十程好微妙金色身の老高僧大光明と共ニ仲上家を訪れ我ハ泰

澄から明朝不動の宝剣渡御あらせられるニより汝は是を祀

祭すべしと宣べ甚深なる宿世の因縁を語り(※)三密加持七種の

呪文を授け給ふ、翌朝未明掛り岩「後世ニ名付けし名」一帯ハ光

輝たなびき宝剣ハ一段ニ光輝赫々たり

私のメモ
※文政8年=1825年、今年(2020年)より195年前の文書。
※文中に(2ヵ所)『三蜜』が出てきてビックリ!
 コロナ禍の現代の『三蜜』は、「密閉」「密集」「密接」と出席者から出る。
  
 ◎三蜜 : 〔仏〕密教で、仏の身・口(く)・意のはたらきをいう。人間の思議の及ばないところを密という。
        また、人間の身・口・意の三業(さんごう)も、そのまま絶対なる仏のはたらきに通ずるところから
        三蜜という。      『広辞苑』より