若宮外記仲間」のこと

●若宮は絶えてしまったので五藤家へ嫁した若宮娘(まつという名前)の遺領を(現在、土地1町3反余、寺などは廃絶)外記仲間の人々(現在19戸)が守っている。

●当時代表の伊部重与茂氏談「若宮娘は土佐へ嫁した。」と伝えている・・・・

「外記」は五藤家の為重の嗣子・正友をはじめ、正範・正久・正量・正全などが幼名や本名で代々名のっている。若宮にはこの名は無い。「外記」は職名にも使われるが世襲的に用いられることが多い。

結論:●「若宮外記仲間」は五藤家に由来する言葉である。

今も若宮左馬助(円融庵成信士)とその娘・マツ=千代(見性院)の法要を営まれる。(御位牌命日:永禄9年8月13日=浅井長政書状の日付と同じ)
  
  ◎以前、一豊&千代サミットでお会いした現五藤家の御当主・熙二氏は、「できれば、孫の名前に外記とつけたい」と話されたことがありました。また、2004年(平成16年)の掛川でのサミットでは五藤内蔵助=i初代の為重のこと)と付けたいと笑ってお話なさいました。お気持ちがわかります。私事ながら私の娘は、八幡の千代にと、初代山内一豊夫人顕彰会長の父から『八千代』と名付けるよう懇願され父の熱意に負けて「八千代」と名付けています。その娘が今年、成人式でした。         2006年1月 (川上) 
(山内一豊の妻)山内一豊夫人顕彰会へようこそ