「一豊公紀」6ページに千代の兄・遠藤慶隆の名が(遠堂但馬守慶隆と記す)
「郡上の遠藤家系図」(慶隆開基の慈恩禅寺)
一豊の姉・通が嫁いだ「安東家系図」部分。
安東家から千代の兄・遠藤慶隆は嫁を娶る。その姉は竹中半兵衛妻。
千代はその人質として養女となる。
慶隆が信長の直接軍事行動をともにした時点で千代は人質から解放され、その後秀吉の家臣・山内一豊と元亀2年頃15歳で結婚する。
「遠藤家の千代、一豊との結婚まで」(城下町夜ばなし)
郡上八幡 高橋教雄先生の御教示
 (山内一豊の妻)山内一豊夫人顕彰会へ
「山内一豊室・千代のこと」(八幡町文化財保護協会報)